『ルーミック愛好者論』 by 新井さとし

目次

この論文は以下のように構成されている。

標題/目次/まえがき /基本論愛好対象論愛好活動論作品存在論サークル運営論イベント活動論同人誌活動論収集活動論著作権論用語集謝辞参考文献あとがき /事務連絡。

この論文は平成5年1月15日版である。なお、現在のところ筆者は誤字脱字などのマイナーチェンジ以外の修正を行う予定を持たない。マイナーチェンジがあった場合には各細論のあとがきに書かれている日付を修正することにする。

まえがき

『うる星やつら』『めぞん一刻』『らんま1/2』等は、著名な漫画家である高橋留美子女史による作品であり、総称してルーミックと呼ばれている。それら は若い世代を中心に絶大なる支持を受け、今なお多くのルーミック愛好者が存在 する。『ルーミック愛好者論』は、ルーミック愛好者について叙述した論文集で ある。その執筆の目的はルーミック愛好者に関する諸事象を説明する理論体系を 構成することであり、その公開の目的はルーミック愛好者の発展すべき方向を導 き得る書となることである。

基本論5

基本論5:まえがき

基本論5はルーミック愛好者論の基幹をなす論文である。ルーミック愛好者論 に於ける論理展開のほぼ全ては基本論5を基にして行われている。基本論5では、 主として個人及び社会の行動基準について論じている。ここで社会というのはい わゆる集団のようなものも含んでいると解釈してもらいたい。

なお、ルーミック愛好者とは高橋留美子作品〔の一部又は全部〕を愛好してい る者をいう。

基本論5:社会正義

社会を特定の所属意識を持つ人達の集団と定義する。但し、この定義は、社会 が固有名称を持っているか否か、社会が組織的であるか否か、社会の構成員が物 理的に集合しているか否か、及び、社会の構成員が社会への所属意識を認識して いるか否かに関わらない。また、社会は構成員1名からなる場合も有り得るとす る。社会の定義より、国家、地域、会社、学校、親族、教団、群衆、階級、及び サークル、並びにそれらの内部集団などは社会とみなされる。一方、正義を価値 観又は行動基準と定義し、社会正義をその社会の構成員の正義の綜和と定義する。 社会正義は社会規範(法令や道徳)に相当するとしてもいいだろう。なお、欧米 社会にいわゆる契約や日本社会にいわゆる空気は、社会正義の一種である。

さらに、社会によって認められた自由を権利と表記し、社会によって負わされ た責任を義務と表記する。日本国という社会に於いては、自由のうち公共の福祉 に反しないものが権利である。

社会正義の定義より、ある社会の社会正義は必ずしも他の社会に通用するとは 限らない。例えば、社会Aに於いて権利として認められている自由は、必ずしも 社会Bに於いて権利として認められているわけではない。

基本論5:一般社会と特殊社会

一般に、個人は複数の社会に所属している。例えば、家門、地域、学校、会社、 趣味サークル、宗教の団体、政党などが社会としてあげられる。それらの社会は 一般社会(社会正義の原因としての社会、即ちまず人々が集まりそこにルールが 設定された社会)と特殊社会(社会正義の結果としての社会、即ちまずルールが 存在しそこに人々が集まった社会)とに大別される。一般に、如何なる社会もま ず一般社会として成立し、そのうちのいくつかが特殊社会へと遷移していく。典 型的な特殊社会としては、趣味のサークル、宗教団体、政党などがあげられる。

一般的な人間は「一般社会の社会正義」を「特殊社会の社会正義」よりも優先 する。なぜならば、よほどの条件が揃わない限り「一般社会の社会正義」を「特 殊社会の社会正義」よりも優先しなければ生存していけないからである。しかし ながら、十分に条件が揃っていれば、「一般社会の社会正義」よりも「特殊社会 の社会正義」を優先して生存することも可能である。そのような人間を特殊人と 定義する。ところで、如何なる特殊社会の構成員であろうとも一般社会の一員で あることに変わりない。よって、一般社会に於いて特殊人が「一般社会の社会正 義」に反する行動を採ることはしばしば起こり得る。その結果として、特殊人は 一般社会からの社会制裁(罰則や非難)を受ける。アニメやマンガに関する特殊 人(いわゆるオタク)への具体的な制裁の例としては、非難や白眼視などがあげ られよう。一方、逆の場合はほとんど起こり得ない。なぜならば、一般社会の構 成員は如何なる特殊社会の一員にもならないことが可能だからである。

一般に、一般社会と特殊社会との力関係は話にならない程に差があるので、特 殊社会の為に一般社会の社会正義に反してばかりいると、その特殊社会はやがて 衰退する。また、ルーミック愛好者は一般社会の社会規範を変えるまでのパワー を持っていない。よって、ルーミック愛好者は、ルーミック愛好者の社会を衰退 させたくなければ、一般社会の社会規範に従うことが得策である。

基本論5:部分社会

複数の構成員から構成されている社会の内部には部分社会とみなせる社会が存 在する。例えば、特殊社会L*をルーミック愛好者全体の社会とするならば、特 殊社会L1や特殊社会L2などの部分社会が存在し、それらは、『うる星』だけ の愛好派と全作品の愛好派、あかね愛好派とシャンプー愛好派、同人誌屋とイベ ント屋、などを表す。場合によっては、サークルであったりその中の派閥であっ たりするかも知れない。

社会正義の定義より、ある社会の社会正義は必ずしも他の社会に通用するとは 限らない。特殊社会L1も特殊社会L2も共に特殊社会L*の一部でもあるので、 ルーミックを愛好するという「相対的に大きな社会正義」は共通するであろうが、 細かい意見の相違などの「相対的に小さな社会正義」は共通するとは限らない。 特殊社会L*に於ける主な部分社会について言えば、現在のところ幸いにもいわ ゆる覇権主義的なものは少なく、部分社会同士の戦争(社会の双方又は一方が自 分達の正義を相手に強制すること)は小規模なものに収まっている。

一般に、特殊社会L*の内部社会同士の戦争は特殊社会L*にとって利益より も損失が大きい。よって、ルーミック愛好者は、ルーミック愛好者の社会を発展 させたいのであれば、他のルーミック愛好者の価値観を侵害しないことが得策で ある。なお、このことは相手の価値観を認めた上での反論を妨げない。

基本論5:強化因

個人の価値観とは、ある対象が自己にとってメリット(正の強化因)が有るか 若しくは否か又はデメリット(負の強化因)が有るか若しくは否か、に集約され る。ここで、強化因とは個人に於ける行動基準の構成因子をいう。なお、行動基 準は本能又は学習に基づいている。さて、ルーミック愛好者とは高橋留美子作品 〔の一部又は全部〕を愛好している者をいう。よって、ルーミック愛好者にとっ て高橋留美子作品は正の強化因である。しかしながら、ルーミック愛好者のルー ミック愛好者としての強化因は必ずしも高橋留美子作品そのものではない。つま り、直接的愛好対象(強化因)を愛好することによって更に間接的愛好対象(学 習的強化因)が発生し得るのである。なお、学習的強化因は本能的強化因を起点 として再帰連鎖している。

ここで、ルーミック愛好者の愛好対象を高橋留美子作品及びその間接的愛好対 象と定義する。ルーミック愛好者の場合には、主として三種類の学習パターンが 見いだせる。第一に般化事象に対する愛好がある。般化はある共通の事象を内在 する他の事象に対する愛好という形で発生する。例えば、『うる星』愛好者が高 橋留美子女史のデザインやセンスなどを共通の事象として『らんま』を愛好し始 める場合があげられる。第二に従属事象に対する愛好がある。これは、ある事象 を愛好する手段に対する愛好という形で発生する。例えば、高橋留美子作品を愛 好する手段としてサークル活動を行っている者がサークル活動自体に興味を持つ 場合がなどあげられる。他にも、愛好の手段としてグッズの収集を行っていた者 が収集することに対して執着する場合などがあげられる。第三に自己に対する愛 好がある。従属事象に対する愛好の一種と解釈することができるが、特に別に分 類するだけの性質がある。この愛好はファン的愛好(好きなものへの愛好)に対 するマニア的愛好(好きなことへの愛好)である。例えば、高橋留美子作品を面 白いと思えなくなった場合に、愛好を終了するのは前者であり、愛好を続けよう とするのは後者である。

ところで、強化因の変化はしばしば目的変化を伴う。例えば、サークル活動や 収集の為に高橋留美子作品を愛好しているルーミック愛好者も確かに存在する。 面白い例としては、テレビ放映作品を観る為にビデオ録画したにも関わらず再生 しようとしない者があげられよう。ここで、転化を役割の変化と定義する。ビデ オ録画の例は愛好対象の転化の一種である。ビデオ録画の役割はテレビ放映作品 を視聴することであったが、その役割は録画保管することによって満足感を得る ことに転化したのである。

強化因の変化は、当人が意識している場合も有り得るし意識していない場合も 有り得る。特に、愛好対象の転化は無意識の内に行われる場合が多い。一般に、 自己の強化因の状態を知ることは当人にとって無益ではない。

基本論5:系と殻

ある個人が所属している社会は無数に存在するが、大局的に眺めればそれらの 社会は社会規範の互換によっていくつかの系統に分類することができる。一般的 には、家庭、地域、学校、職場、趣味、宗教などに分類できるだろう。それらの 分類項目の仲間と共に存在する空間(通信回線なども含む)を系と表記する。一 般的に、ある個人は常にいずれか一つの系に存在する。例えば、家にいるときに は家庭の系に、学校にいるときには学校の系に、そして職場にいるときには職場 の系に、存在する。ある個人が同時に複数の系に存在していることは、しばしば あることではない。

このことは、系によって行動基準を使い分けることが可能であることを意味す る。つまり、ある個人の行動基準に於いて系A用の行動基準と系B用の行動基準 が必ずしも同一である必要はないのである。それどころか、あたかも別人格であ るかのように振舞うことも可能である。ここで、殻を系に於ける個人の行動基準 と定義する。殻は個人の行動基準全体の部分集合である。例えば、いずれの系に 於いても同じ行動基準で振舞う者は1つの殻を持ち、家庭の系とそれ以外の系で 異なる行動基準で振舞う者は2つの殻を持ち、そして、家庭の系、趣味の系、そ れ以外の系でそれぞれ異なる行動基準で振舞う者は3つの殻を持つとする。

ところで、偶然その他の理由によって同時に複数の系に存在する場合が起こり 得る。例えば、趣味の仲間と喫茶店で会合しているときに級友に出会うことなど があげられる。趣味の系と学校の系とで同じ行動基準で振舞っていれば問題にな らないが、もし異なる行動基準で振舞っていればいずれの行動基準で振舞うかが 問題になる。

ルーミック愛好者の場合にもこれらのことは起こり得る。よって、ルーミック 愛好者は、行動基準の選択に困りたくなければ、互いに基本的な事項で互換する 殻を持つか又は異なる殻を要する複数の系に同時に存在しないように努力するこ とが得策である。

基本論5:共通価値観

一般にアニメやマンガの愛好の特殊社会での仲間との話題は当該アニメ等に関 することだけであり、その話題から離れることは滅多にない。この理由は、アニ メは別々に創られた共通項であって一緒に創られた共通項ではないことに見いだ せる。つまり、一緒に創り上げた項は互いに脱線することが可能な共通価値観を 創り上げるのに対し、別々に創り上げた項は互いに脱線することが可能な共通価 値観を創り上げないのである。例えば、複数の人間が家庭用テレビゲームを話題 とする場合に於いて、対戦ゲームなどで一緒に遊んだときとロールプレイングゲ ームなどで別々に遊んだときとでは、話題を通じた人間関係は明かに同一でない。

ところで、個人が社会から脱退することはしばしば起こり得る。例えば、学校 からは卒業し、趣味社会からは引退する。脱退の際にはその社会に於ける仲間関 係が消滅する。恐らくは誰にでも、卒業してから一度も交流の無い級友に心当た りがあるだろう。ルーミック愛好者の社会に於いても同様である。しかしながら 一般に、学校の系での場合の場合に比べて、ルーミックの系では作品以外の共通 価値観が創り出されることが非常に少ない。これは、高橋留美子作品への愛好は 別々に創り上げられたものである場合が多いからである。ここで、系に於ける仲 間関係のうち一方若しくは双方の脱退後又は系の消滅後も別の系で仲間として付 き合える人間関係を友人関係と定義する。

一般に、ある系に於ける仲間関係が自分若しくは相手の脱退後又は系の消滅後 にどう変化するかを予め知っておくことは無益でない。

基本論5:永遠のルーミック愛好者

ルーミック愛好者の社会は新作の供給が停止すれば供給されていた時期に比べ て急速にその構成員数が減少する。なぜならば、ルーミック愛好者の社会の構成 員の大多数は高橋留美子作品のうち新作として供給されている作品を主たる愛好 対象としているからである。また、高橋留美子作品は永遠に生産され続けるわけ ではない。よって、ルーミック愛好者の社会は必ず衰退する。

しかし、高橋留美子作品が未来に於いても価値があるならば、ルーミック愛好 者の社会は衰退したとしても消滅することは有り得ない。これは、クラシック音 楽愛好者が今なお存在し、新たなクラシック音楽愛好者がクラシック音楽愛好者 の社会に参入し続けるのと同様であろう。

筆者は、高橋留美子作品がルーミック愛好者の社会を存続させるだけの価値を 持っていると確信している。そして、「七夕デート」以来ずっと高橋留美子作品 を愛好してきた筆者は、今後も高橋留美子作品を愛好し続けるであろう。いつの 日か高橋留美子作品への愛好をやめたとしても、高橋留美子作品に「ありがとう」と自信を持って言えるだろう。

基本論:あとがき

平成2年4月末日に基本論の初版が発表されてから既に2年が経過した。初版 は、ルーミック愛好者同士のいざこざを解決及び予防する目的で、価値観の違い を論じたものであった。それは、具体的事象から一般的な仮説へ帰納する論理展 開を用いたものであった。第2版では、愛好を終了しても交遊できる人間関係が 追加された。第3版では、公序良俗と愛好者との関係が追加された。更に第4版 では、旧版に於ける仮説の実証、真理と正義との相違の考察、愛好対象の役割変 化の解析、及び演繹による十数種の愛好活動の解析が追加された。そして第5版 は、ルーミック愛好者論の基幹として新たに書き下ろされ、平成4年5月15日 に発表された。その際、いくつかの用語が旧版と異なる意味に再定義された。な お、筆者は社会学に関しては素人なので独自の用語を使用している。

基本論5の最後の修正は平成5年1月10日に行われた。

愛好対象論5

愛好対象論5:まえがき

一般的なルーミック愛好者の愛好対象は、わざわざ言明するまでもなく高橋留 美子作品〔の一部又は全部〕である。だが、ルーミック愛好者と呼ばれている人 達及び自分でそう思っている人達の全てが、他の趣味を別にしたとしても、必ず しも高橋留美子作品を最大の愛好対象としているわけではない。例えば、サーク ルに於ける仲間との交流を最大の愛好対象とし高橋留美子作品をその名目として いる者も、ルーミック愛好者と呼ばれているのである。

ルーミック愛好者の愛好対象を論理的に解析する為に、ルーミック愛好者の愛 好対象を、直接的愛好対象としての「第1種愛好対象(主たる愛好対象)」並び に間接的愛好対象としての「第2種愛好対象(直接的愛好対象に関連する物品及 び情報)」「第3種愛好対象(直接的愛好対象に関連する仲間)」「第4種愛好 対象(直接的愛好対象に関連する活動及び居場所)」及び「第5種愛好対象(直 接的愛好対象に関連する自己満足)」に分類して考える。5種類に分類した理由 は、ルーミック愛好者を解析する上でそれほど重要ではないので割愛する。

愛好対象論5:一般的な愛好対象

一般的なルーミック愛好者の第1種愛好対象は、高橋留美子作品である。即ち 『うる星やつら』や『めぞん一刻』や『らんま1/2』等の高橋留美子作品の一 部又は全部である。一般的なルーミック愛好者の第2種愛好対象は、単行本、映 像及び音楽ソフト、キャラクターグッズその他作品を連想させるものの一部又は 全部である。アニメーター及び声優等も含まれるし作品に関する情報なども含ま れるかも知れない。一般的なルーミック愛好者の第3種愛好対象は、高橋留美子 作品を通じた交流を持つ仲間の一部又は全部である。学校及び職場に於いて高橋 留美子作品について会話する級友及び同僚も含まれるかも知れない。一般的なル ーミック愛好者の第4種愛好対象は、高橋留美子作品を愛好する為の愛好活動及 び居場所の一部又は全部である。愛好活動には、高橋留美子作品に関するイベン トに参加すること、高橋留美子作品に関する同人誌を制作すること、及び高橋留 美子作品に関するグッズを集めることなどがある。居場所にはグッズの置き場な どの物理的な居場所と高橋留美子作品に関するサークルの会員の地位などの精神 的な居場所とがある。並びに、一般的なルーミック愛好者の第5種愛好対象は、 自分がルーミック愛好者であるという自己満足である。

愛好対象論5:愛好対象の生成及び追加

ほぼ全てのルーミック愛好者は、最初の愛好対象として高橋留美子作品を挙げ る。週刊誌や単行本を読んだり、アニメを観たりすることによって、高橋留美子 作品愛好者は発生すると言えるだろう。ここではルーミック愛好者にとっての愛 好対象を論じているので、逆説的かも知れないがルーミック愛好者が発生したと きにルーミック愛好者の愛好対象も生成すると見なすことにする。

新たな高橋留美子作品が発表されたり新キャラクターが登場したときに、ルー ミック愛好者がその作品やキャラクターを愛好対象とすることがある。これは愛 好対象に新しい対象が追加されたと見なすことにする。

愛好対象論5:愛好対象の削除及び消滅

ルーミック愛好者が昔の作品を忘れてしまったり飽きてしまったりしたとする。 それらは既にルーミック愛好者の愛好対象から削除されたと見なされる。削除さ れた対象は既に愛好対象ではなくなっている。もちろん、言われれば「愛好して いる」と言うだろうが、実際には愛好しているとは言えないだろう。

また、ルーミック愛好者がルーミック愛好者であることをやめたときのことを 考える。ここではルーミック愛好者にとっての愛好対象を論じているので、逆説 的かも知れないがルーミック愛好者が消滅したときにルーミック愛好者の愛好対 象も消滅すると見なすことにする。

愛好対象は数多くても、そのルーミック愛好者が愛好者であることをやめた時 にはどれだけのものがその後も役に立つのであろうか。まず作品は興味を失った ときには意味がない。古本屋に売ったりチリ紙に交換してもらったり愛好者に譲 渡するくらいであろう。物品も文房具は使えるかも知れないが、引退した愛好者 は一般に相当の年齢になっているのでキャラクターグッズを使用するには抵抗が あるだろう。作品だけを通じて付き合ってきた仲間とは疎遠になるだろうし、愛 好活動も意味がない。それではいったい何が残るのだろうか。筆者は、思い出と 経験と友人が残ると考えている。思い出は言うまでもない。経験は、例えば同人 誌活動を行っていたルーミック愛好者が会得している製本技術などである。経験 は引退後も役に立つかも知れない。そして友人は、高橋留美子作品を通じて付き 合い始めたものの、作品だけを通じた関係ではないので(例えばいわゆる人間的 魅力など)、引退後も付き合えるだろう。

もっとも、やめると決心しても既にやめられなくなっているルーミック愛好者 は存在するだろう。いつでもやめられるという「脱出路」は既に「脱出不能な脱 出路」になっているかも知れないのだ。それだけその人はルーミックの世界に依 存しており、言うなればルーミック中毒になっているのだ。

愛好対象論5:愛好対象の転入及び転出

いくら熱心なルーミック愛好者と言えども、ルーミック以外の趣味を全く持た ないルーミック愛好者は少数派に過ぎない。例えば、ゲームやスポーツなどをル ーミック以外の趣味としている者は多い。ところで他の趣味に限らずルーミック 以外で関係していた仲間が実はルーミック愛好者だと知り、ルーミックの関係の 仲間として付き合い始めたとする。この場合、ルーミック以外の愛好対象がルー ミックの愛好対象に転入したと見なす。必ずしも、今までの付き合いが消滅した とは限らない。

逆に、ルーミックを通じて付き合っていた仲間と、ルーミック以外で付き合う ようになったとする。この場合、ルーミックの愛好対象がルーミック以外の愛好 対象に転出したと見なす。必ずしも、今までの付き合いが消滅したとは限らない。

愛好対象論5:愛好対象の転化

ここで、転化を役割の変化と定義する。例えば、高橋留美子作品を愛好するた めの愛好活動(第4種愛好対象)がいつの間にか、高橋留美子作品(第1種愛好 対象)よりも重要な愛好対象となっていることが有り得る。これは、第4種愛好 対象が第1種愛好対象に転化したと言えるだろう。ここで、愛好対象の役割が主 たる愛好対象に変化することを第1種転化と、物品や情報に変化すること(名目 化を含む)を第2種転化と、仲間に変化することを第3種転化と、活動や居場所 に変化することを第4種転化と、及び自己満足に変化することを第5種転化と表 記する。

第1種転化が発生した場合に、新しい直接的愛好対象(つまり新しい第1種対 象)に対する間接的愛好対象が新たに発生することがある。例えば、グッズのコ レクションが第1種転化した場合には、オークション情報などが第2種愛好対象 に、コレクター仲間などが第3種愛好対象に、オークション運営などが第4種愛 好対象に、コレクターとしてのプライドが第5種愛好対象になる。また、第1種 転化が発生した場合に、これまで第1種愛好対象であったものは第2種愛好対象 (名目)となることが有り得る。これは、新たな第1種愛好対象は必ず古い第1 種愛好対象に関連したものであるからである。また、転化は一時的なものである こともあり得る。

ルーミック愛好者に典型な転化の例をいくつか考察してみよう。断わっておく が、筆者は転化を起こしたルーミック愛好者について彼らが作品に飽きたのだと までは断定していない。

愛好対象論5:物品の第1種転化

物品が主たる愛好対象に転化することは、年季の入ったルーミック愛好者にし ばしば見られる現象である。典型例として、単行本を購入するもののを読むこと のないルーミック愛好者やテレビ放映作品を録画するものの再生することのない ルーミック愛好者などがあげられよう。もちろん、物品の第1種転化は必ずしも 高橋留美子作品の愛好終了を意味しない。しかしながら、本人が意識で「観るこ と」が「録ること」よりも重要と思っているにも関わらず無意識で「録ること」 が「観ること」よりも重要と思っていることは、しばしば起こり得る現象である。 物品の第1種転化では高橋留美子作品が名目化することは少なく、ルーミック愛 好者の第1種愛好対象は「観ること」と「録ること」との混合になることが多い。

愛好対象論5:仲間の第1種転化

仲間が主たる愛好対象に転化することは、サークル活動を行っているルーミッ ク愛好者にしばしば見られることである。即ち、高橋留美子作品を愛好する為の 道具であった筈の仲間が、そのルーミック愛好者にとっての目的となることであ る。なお、サークル活動に参加するにあたり最初から仲間を目的としているルー ミック愛好者の場合には、その愛好の主たる目的たる愛好対象は作品及び仲間が 混合したものとなる。この場合、そのルーミック愛好者は、作品を鑑賞するとき には作品をより主たる目的とし、仲間と付き合うときには仲間をより主たる目的とする。

愛好対象論5:活動や居場所の第1種転化

活動や居場所が主たる愛好対象に転化することは、愛好活動を開始した直後の ルーミック愛好者にしばしば見られる愛好転化である。例えば、愛好活動として パソコン通信ネットワークに参加したルーミック愛好者が、その世界にはまり込 むことなどは典型であろう。他の例では、サークルのたまり場に入り浸るルーミ ック愛好者もあげられる。第1種転化した活動や居場所は、ルーミック愛好者で あることをやめた後にも思い出として長く心に残ることが多い。「青春のメモリ ー」になればいいのだが、「若気の至り」や「人生の恥部」になる場合もある。

家庭や学校や職場から逃避して「趣味の世界の住人」になるべきではない。

愛好対象論5:自己満足の第1種転化

「俺は高橋留美子作品の愛好者であり続けなければならないのだ」と自分に言 い聞かせているルーミック愛好者は、しばしば自分がルーミック愛好者であり続 けること自体に自分自身の存在意義を見いだす。ベテランのルーミック愛好者が 自分自身を納得させる為に行っている例が多い。逆に言えば、そうでもしなけれ ば自分自身を正当化できないのかも知れない。ある種の強迫観念と言えるだろう。 今では自分でも子供っぽいと思うようなアニメを愛好し続けたい場合や同年代の 仲間たちは既に卒業したにも関わらず活動に参加し続けたい場合などにしばしば 見られる。

愛好対象論5:仲間の第2種転化

何人かのルーミック愛好者にとっては、サークルなどで知り合った仲間は只の 情報源に過ぎないという。仲間が第2種愛好対象に転化したと見なせるだろう。 高橋留美子作品だけを通じた付き合いをしている仲間のうち、情報量が著しく不 釣合いな関係であるものによく見られる。大規模サークルの一般構成員がその幹 部らを情報源としか見ない、というのも実例である。

愛好対象論5:キャラクターの第3種転化

五代裕作のモノローグに「生きていれば、いろんな欠点も見えてくるだろう。 でも死人は無敵だ。彼女の中で理想像が増殖していく」というのがあった。もし 「死人」を「キャラクター」に置き換えたらどうだろう。実際に彼女がいる男に とっての彼女と会っていない状態は、空想の人物を彼女としている男にとっての 普段の状態とどこが違うというのだろう。実際に、キャラクターに恋しているル ーミック愛好者はしばしば見られる。もちろん、空想の中でキャラクターと会話 するルーミック愛好者も同様である。

空想の人物は理想化が進み易い。「そういえば、俺はラムちゃんがトイレに行 くのを見たことないぜ。あの子はトイレに行かないんだな」というのは有名な理 想化の例であろう(実際には「ニャオンの恐怖」等で行ってます)。妄想の中で キャラクターと自分(又は他のキャラクターになっている自分)が親しく交際す るならば、そのルーミック愛好者にとって相手のキャラクターは既に第3種転化 していると言えるだろう。

愛好対象論5:物品の第3種転化

響子さんのイラストやあかねちゃん人形に「おはよう」と挨拶する姿は、とて も他人に見せられない。等身大成人向け人形にトラ縞ビキニを着せて遊んでいる 姿はなおさらであろう(本当にいるのかな?)。他人に見せられる見せられない は別にして、それらのルーミック愛好者は物品を第3種転化していると言えるだ ろう。

愛好対象論5:作品世界の第4種転化

夢の中などで『うる星やつら』世界に入り浸るルーミック愛好者の話ははとき どき耳にする。中には一人きりの部屋で退屈しのぎに空想しているルーミック愛 好者もいる。一時的に空想を楽しんでいる間は別にどうということはないのだが、 恒常的に入り浸ると現実逃避という現象となるので注意が必要である。

愛好対象論5:キャラクターの第5種転化

キャラクターになりきることは、ある意味でキャラクターの第5種転化である と言える。妄想の中で自分自身があるキャラクターになりきって他のキャラクタ ーと親しく交際するならば、そのルーミック愛好者にとって演じているキャラク ターは第5種転化していると言えるだろう。

愛好対象論5:あとがき

愛好対象論5は、基本論4から愛好対象解析の部分を抜き出し、当り前のもの や実用性の薄い事象を割愛したもので、平成4年8月末日に公開された。

愛好対象には様々なものがあり、何を愛好対象とするかは各人の自由である。 筆者個人は、高橋留美子作品と同様に、ルーミックを通じた人脈、即ち学閥や業 界では得られない人脈を素晴らしいものだと考えている。様々な学歴、地位、能 力、及び性格を持つ仲間や友人は、日本という均質社会に於いてはそう簡単に得 られるものではない。

愛好対象論5の最後の修正は平成5年1月10日に行われた。

愛好活動論2

愛好活動論2:まえがき

ルーミック愛好者はその愛好対象に接近する為に、愛好活動を行っている。愛 好活動は、週刊誌を立ち読みすることから、専門的な活動まで多彩である。

一般的なルーミック愛好者の愛好活動は、週刊誌若しくは単行本に掲載されて いる高橋留美子作品を読むこと、及び映画館で上映され、テレビで放映され、若 しくはビデオ等に録画されている高橋留美子作品を観ることなどである。もう少 し積極的なルーミック愛好者の愛好活動は、キャラクターグッズを購入すること 及びBGM集を聴くこと、仲間と高橋留美子作品について話すこと、ルーミック 愛好者としての居場所を確保すること、並びに、ルーミック愛好者としての自己 を磨くことなどである。

だが、これらだけでルーミック愛好者の愛好活動を説明できるわけではない。 ルーミック愛好者の愛好活動は多彩である。また、複数の愛好活動が混合した愛 好活動も有り得る。例えば、同人誌活動のうち原稿を書く活動は文芸活動であり、 寄稿する事は投稿活動であり、編集する事は集会活動又は運営活動であり、即売 会に参加する事は集会活動又はイベント活動である。しかし、特に必要でない限 りこれらは同人誌活動にまとめられた方が実用的であろう。

なお、以下に挙げられている活動の名称は筆者が適当に付けたものである。そ れらの活動は必ずしも最良の分類ではないし、いくつかの重複も見られるが、そ れなりに実用的な分類となっている。

愛好活動論2:職業活動

職業活動は、職業として高橋留美子作品またはその関連物を製作又は販売する 活動である。簡単に言えば、高橋留美子やアニメーターの行っている活動だと思 えば分かりやすい。出版社やテレビ局やレコード会社等の業務も含まれる。この 活動の主な目的は、生活を営む為の収入を得ること、愛好対象の製作等に関わり 喜ぶこと、作品に関する特殊な情報が入手できることなどであろう。

趣味が講じてアニメーターや声優を目指そうとするルーミック愛好者がいるが、 現在のアニメーション業界では、まず高収入は見込めない。また、声優はともか くアニメーターは社会的に評価されている仕事とはとても言い難い。もし職業と してアニメーターを志すならば、相当な覚悟が必要であろう。どうしてもアニメ ーターになりたいのであれば、その他の職業に就いて十分な生活資金を蓄えた後 に、アニメーターになるべきである。五年ほど銀行員を勤め、退職してアニメー ターになった者がいるそうである。

愛好活動論2:収集活動

収集活動は、キャラクターグッズなどの物品を収集する活動である。キャラク ターグッズの収集の他にもセル画やテレホンカードの収集が典型であろう。最近 では少なくなったが一枚のセル画がブラックマーケットで数万円になることもあ った。この活動の主な目的は、所持している事による満足間を得ることや転売す る事によって利益を得ることなどであろう。

意味もなくキャラクターグッズを収集しているルーミック愛好者は、一人で活 動しているルーミック愛好者にしばしば見られる。だが、彼らは自分がルーミッ ク愛好者であることをやめた後のことを考えていないことが多い。

セル画やテレホンカードは欲しがる人がいる間は高値を維持するが、経済の原 則通り、欲しがる者がいなくなればゴミ同然であろう。せいぜい、セル画は部屋 のインテリアになる位だし、テレホンカードは電話代になるくらいである。セル 画とテレホンカードでは後者の方が市場が広い。これは、ルーミック愛好者以外 のテレホンカード収集者が十分に多いからである。

収集活動に於けるいくつかの問題については別に論じることにする。

愛好活動論2:工芸活動

工芸活動は、フィギュアモデル等を製作したり、コンピューターグラフィック スを製作したりする活動である。また、単にキャラクターの絵画を描くことも含 まれる。この活動の主な目的は、満足のいく愛好対象を製作することや自分の技 術を向上させることであろう。

フィギュアモデルや絵画を製作するルーミック愛好者の多くは、自宅に製作物 を陳列するようである。いわゆる普通の客は少なからず驚くであろう。飾るなと 言うつもりはないが、あまり客を驚かせるべきではない。

初期のパソコングラフィックスのほぼ全ては高橋留美子作品であったというの は誇張でも何でもない事実であった。秋葉原や日本橋に行けばラムちゃんをディ スプレイ上に見ることができた(ヌードもありましたが…)。某パソコンメーカ ーの新入社員が全てルーミック愛好者だったという冗談(本当に冗談かな?)も あったくらいで、パソコンはルーミック愛好者と相性がいいと思われる。当時の 高橋留美子作品の人気とパソコンの発展とが一致した為に、たまたま両者に興味 を持った者が多いというだけでは、このことを説明しきれないようである。恐ら くは、パソコンと高橋留美子作品とは共通項を持つのだろう。実際に、いわゆる パソコンマニアとルーミック愛好者との間には多くの共通点がある。特に、愛好 対象だけを通じて仲間と付き合う点は特筆すべきであろう。

愛好活動論2:演奏活動

演奏活動は、BGM等を演奏したり、コンピューターで音楽を鳴らしたりする 活動である。カラオケで歌うことも含めていいだろう。この活動の主な目的は、 満足のいく愛好対象を製作することや自分の技術を向上させることなどであろう。

高橋留美子作品のBGMはあちこちで流用されているので、非ルーミック愛好 者でも聴いたことぐらいはあるだろう。しかし、それが高橋留美子作品の音楽で あると分かる非ルーミック愛好者はまずいまい。

最近は、レンタルスタジオやカラオケボックスの普及により、近所に迷惑を掛 けることなく、音楽を練習することができる。

愛好活動論2:コスプレ活動

コスプレ活動は、キャラクターの姿を真似する活動である。なお、コスプレと はコスチュームプレイの略である。この活動の主な目的は、自分に見せて楽しむ ことや他人に見せて楽しむことであろう。

一般にコスチュームプレイヤーは、ルーミック愛好者が多く集まる場所や自分 の部屋で活動している。ルーミック愛好者が多く集まり、いわゆる一般人の目を 気にしないで済む場所として、同人誌即売会などがあげられる。しかし、ルーミ ック愛好者も多く集まる会場であるが故に、コスプレに嫌悪感を催すルーミック 愛好者もいることを忘れてはならない。酷な言い方ではあるが、似合わないコス プレは他のルーミック愛好者に見せない方がいいだろう。一方、自分の部屋でコ スプレを楽しむ分には誰も文句は言うまい。ただ、下手に他人に言うと変態扱い され兼ねないので注意が必要である。

愛好活動論2:同人誌活動

同人誌活動は、高橋留美子作品のパロディ、評論、又は資料等を同人誌の形で 製作し、同人誌即売会や通信販売を用いて販売する活動である。この活動の主な 目的は、同人誌を製作又は販売することによって仲間と集い楽しむこと、ルーミ ックに対する思想又は感情を表現又は認識し喜ぶこと、同人誌販売によって儲け ること、並びに即売会で仲間に会って楽しむことなどであろう。

同人誌活動は、原稿を編集し製本する活動と同人誌即売会に参加し同人誌を売 買する活動とに大別することができる。

高橋留美子作品だけを取り扱う即売会は少ないので、様々な同人誌を扱う即売 会に同人誌活動を行っているルーミック愛好者は参加している。即売会がなくな った場合に、同人誌活動は今までのような活動は行えなくなるだろう。

同人誌活動に於けるいくつかの問題については別に論じることにする。

愛好活動論2:集会活動

集会活動は、ルーミックに関する話題を理由として集まり楽しむ活動である。 パソコン通信やサークル集会なども含まれる。この活動の主な目的は、ルーミッ クについて話して楽しむこと、仲間を作ること、友人を作ること、及び自分の居 場所を確保することなどであろう。

多くの場合、集会活動は他の活動の打ち合せなどを兼ねている。しかし、いく つかの集会は何の目的もなくたまり場に入り浸っていると言えるだろう。それは それなりに楽しいことであるが、ルーミック愛好者の発展には何も寄与しない。

パソコン通信は大いに興味深いメディアである。発言は有料でありかつテーマ が限定されていることによって、高橋留美子作品以外の話題は多くない。文章を 通じた交流であることは発言者にある程度の知的水準を要求するので、結果的に 内容はやや高度なものとなる。更に、発言が後に残ることによって責任ある意見 が多い。直接に顔を会わせなくかつペンネームが多く使用されている為に、その メンバー同士の関係は特に高橋留美子作品を通じた仲間関係に限定され易い。そ こで、一部のメンバーによって直接に顔を会わせようとする活動も行われている。

パソコン通信は、忙しい社会人や身体障害者でも十分に楽しめる活動である。

愛好活動論2:イベント活動

イベント活動は、企業などが主催するイベントに積極的に参加する活動である。 前日から会場前に来て開演を待つルーミック愛好者も少なくない。また、各地の イベントに参加する為に、全国をまわる人達もいる。この活動の主な目的は、作 品を観ること、イベントで仲間と集い楽しむこと、高橋留美子作品の製作者達に 会って喜ぶこと、声優や歌手を応援すること、及び旅を楽しむことなどであろう。

昔と違い、イベント活動のパワーは全体的に低下している。イベントの開催も 多くはなく、新たなルーミック愛好者が参入する活動としては特に不適であろう。 しかし、瞬間的なパワーは他の如何なる活動も及ぶことは無い。

イベントがなくなった場合に、イベント活動は今までのような活動は行えなく なるだろう。

イベント活動に於けるいくつかの問題については別に論じることにする。

愛好活動論2:追っかけ活動

追っかけ活動は、歌手や声優のコンサート等を追っかけ、積極的に応援する活 動である。アニメ録音スタジオの前に集う者達も含まれる。この活動の主な目的 は、歌手や声優に会って喜ぶこと、及び仲間と会って楽しむことなどであろう。

昔の親衛隊とは異なり、最近の応援団は比較的平和なものである。著名な声優 には、各々固有のファンサークルが存在する。追っかけ活動を行っているルーミ ック愛好者はイベント活動も行っていることが多い。

ルーミック愛好者というよりも、声優の愛好者とみなすべき者も多い。

愛好活動論2:投稿活動

投稿活動は、アニメ誌や大規模同人誌等に継続的に投稿する活動である。主と してペンネームを使う者が多い。この活動の主な目的は、掲載される事によって 満足すること及び他のルーミック愛好者に自分の表現を伝えることなどであろう。

この活動の特徴として、作品を通じて交流する仲間が特に少ないことがあげら れるだろう。これは、投稿原稿は基本的に一人で書かなければならないこと、パ ソコン通信と違って掲載から反応があるまでの時間が長いことなどが原因である。 さらに、投稿が掲載される場所は個人で使用すべきものではないことが、互いに 会うことを妨げている。恐らくは、投稿活動を行っているルーミック愛好者は同 じ活動を行っているルーミック愛好者に会ってみたいのではなかろうか。

特殊な例として、声優がパーソナリティをしているラジオ番組がある。ある投 稿者が「集まってみよう」と声を掛けたところ、大勢が集まったそうである。

愛好活動論2:圧力活動

圧力活動は、自己の欲求を作品製作者達に対して聞き入れてくれるよう要望す る活動である。『うる星』復活要求署名等が含まれる。この活動の主な目的は、 要望内容が達成されること及び活動によって満足することなどであろう。

『うる星やつら』復活署名のうち最大のものは一万五千人以上に達したそうで ある。結果的にその要求は達成されなかったようだが、TV終了後のいくつかの ビデオシリーズの企画に全く影響を与えなかったとも思えない。

昔は製作者に対して様々な意見や要望を送るルーミック愛好者がいたものだが、 今日ではその姿はほとんどない。製作者に伝えることなく、自分達だけで文句を 言っているのが実際のところだろう。頭の痛いことであるが、これで製作者全体 に伝わったものと勘違いするルーミック愛好者もいる。そして、自分が前に指摘 したのにまだ改善されてないと文句をいうのである。

愛好活動論2:運営活動

運営活動は、サークルや即売会やオークション等を企画運営する活動である。 この活動の主な目的は、運営する経験を得ること、自己の居場所を確保すること、 仲間の居場所を確保すること、及び有名になることなどであろう。

運営活動のリーダーは誰でも行うことができるものではない。運営には様々な 能力が必要とされるが、そのうちのいくつかは仲間が持っていればよい。しかし 少なくともリーダーには、全体を見渡し仲間を統率する能力が必要である。そし て、様々な意見を受け止める大きな器が必要である。

愛好活動論2:装飾活動

装飾活動は、自分の部屋を多量のキャラクターグッズやポスターで飾る活動で ある。この活動の主な目的は、自分に見せること及びや他人に見せることなどで あろう。

ポスターの基本使用法は壁に貼ることである。従って、数多くのポスターを使 用するルーミック愛好者は自分が貼れる場所全てにポスターを貼ろうとする。ル ーミックグッズで武装された要塞は、非ルーミック愛好者の侵入を許さないほど である。例えば、四畳半の部屋一面にルーミックグッズの山(高さ80センチ) は物理的にも他人の侵入を不可能としている。そのような要塞は物置と言うべき かも知れない。

愛好活動論2:記録活動

記録活動は、愛好対象や愛好活動を記録する活動である。この活動の主な目的 は、現在又は将来の仲間に対する記録を製作することなどであろう。

ルーミック愛好者の活動は同人誌やパソコン通信を除いては、ほとんど後世に 残らない。そこで必要性はともかく、自分達の活動を記録しようとするルーミッ ク愛好者がいても不思議ではない。

いくつかの活動ではその記録活動が行われている。そしていくつかの活動記録 はいつまでも押入にしまわれたままとなるだろう。同人誌にその傾向が著しく現 れている。

愛好活動論2:あとがき

愛好活動論2は、基本論4から愛好活動解析の部分を抜き出し、当り前のもの や実用性の薄い事象を割愛したもので、平成4年10月10日に公開された。

ルーミック愛好者が高橋留美子作品を愛好する方法は多彩であり、どの活動が 優れておりどの活動が劣っているとは言い難いものである。しかし、各々の活動 には特色があり、自分に合った愛好活動をすることが得策であろう。例えば、キ ャラクターのイラストを描くのが好きなルーミック愛好者は、収集活動をしても 意味はあまり無いだろう。

現在の高橋留美子作品を取り巻く環境では、どのような活動であろうとも世間 から見れば五十歩百歩に過ぎない。所詮はいわゆる「オタクの生態」にしか見ら れていない。しかし、ルーミック愛好者が社会的に成功したときにその活動は、 「オタクの生態」から「成功者の道楽」となるだろう。筆者は、愛好に人生をか けるのではなく人生の為に愛好を活用したいと考えている。

愛好活動論2の最後の修正は平成5年1月10日に行われた。

作品存在論2

作品存在論2:まえがき

一般的なルーミック愛好者の主たる愛好対象でもある高橋留美子作品とは、高 橋留美子がマンガの形態をもって表現した著作物、著作権法上正当な権利を有す る者による二次的著作物、及びこれらの複製物を意味する。『ルーミック愛好者 論:作品存在論』の第2版は高橋留美子作品の一般社会に於ける存在条件を叙述 したものである。但し、簡略化の為に主としてアニメについて論じることにした。

作品存在論2:存在意義

多くのルーミック愛好者は高橋留美子作品が生産及び流通され続けることを望 んでいる。実際に『うる星』や『めぞん』の愛好者の多くが『らんま』を愛好し ている事実が、雄弁にこのことを物語っている。これは特定作品の終了を否定す るものでなくむしろ次作品の発表を肯定するものであろう。

ところで、何人かの熱心なルーミック愛好者は、高橋留美子作品が一般社会に 於いて存在する必要はなく、ルーミック愛好者の社会に於いて存在すれば十分で あると考えている。確かに、ルーミック愛好者が高橋留美子作品を視聴する為に は、映像ソフト及び再生機器があれば十分であろう。しかし、その考えはルーミ ック愛好者全体にとって必ずしも得策であるとは限らない。なぜならば、ルーミ ック愛好者の数が増加する為にはルーミック愛好者でない者が高橋留美子作品を 視聴することが必要だからである。そして、高橋留美子作品が生産及び流通され 続ける為には、ルーミック愛好者(念の為、ルーミック愛好者には「積極的な愛 好者」だけでなく「消極的な愛好者」も含まれる)の数が多いことが重要である。 従って、高橋留美子作品が生産及び流通され続ける為には、高橋留美子作品が一 般社会に於いて存在し続けることが必要である。

作品存在論2:新作の生産及び流通

高橋留美子作品が生産及び流通される為には業者が必要である。現在の業者は 主として、テレビ局などの流通者と、アニメ会社などの生産者に大別される。但 し、生産を決定する権限は流通者にあることが特徴的である。とは言っても、生 産の決定は「採算があうか否か」に大きく拘束される。採算には金銭的なものに 限らず社会的評価のようなものも含まれる。

流通者の観点から高橋留美子作品の流通を阻害する要因を考えてみると、流通 者が滅亡すること、及び採算があわないことの2点があげられる。しかしながら、 流通業界は一般社会に於いて基幹的な役割を果たしているので、流通業者が倒産 する可能性や流通網が壊滅する可能性は非常に低い。よって、流通者の滅亡は考 慮の必要がほとんどない。一方、一般社会からの批判や視聴率の低迷などは流通 を阻害する大きな要因である。『うる星』はその放映初期に「不健全な番組」で あるとされて放映を続行するか否か一悶着あったことは有名であろう。幸いにも 社会規範の範囲に収まっているとされたので放映は続行されたが、もし打ち切ら れていたら現在のルーミック愛好者はどうなっていただろうか?。そして、『う る星』が放映終了となった最大の理由は視聴率の低迷にあることは否定できない 事実であった。そこには『うる星』を打ち切って『めぞん』を放映すれば視聴率 が高くなるとの判断結果があった。『めぞん』の終了も基本的に同様である。そ こにはオリジナルで続行させるよりも次の番組を放映したほうがいいとの判断が あった。

生産者の観点から高橋留美子作品の生産を阻害する要因を考えてみると、アニ メ会社が滅亡すること、アニメ会社が制作を引き受けないことの2点が挙げられ る(原作の場合は生産者が病気その他の理由で作品を描けなくなること及び生産 者が描かなくなることの2点があげられる)。実際には、アニメ会社の倒産も制 作拒否も金銭的問題による人手不足を主因としている。その為に、『らんま』に 於いては経済の基本法則通りに日本国外へ安い労働力を求めることになった。

流通者と生産者との間の価値観の相違として面白い例がある。『らんま』の放 映続行に関して生産者が「安いから嫌だ」と主張したのに対し流通者が「もっと 続行せよ」と主張したのである。ちなみに、流通者の主張は「生産コストの割に 視聴率が見込める」というものであった。

ところで、視聴率が採れなければアニメとして放映されないわけではない。要 は採算があえばいいのであるから、ある億万長者が高橋留美子作品のスポンサー になったりすることなどで容易に放映されるようになる。もっとも、視聴率が十 分に低ければ、作品が一般社会に存在するとは言えないが。

作品存在論2:既作の保管及び再生

高橋留美子作品が保管及び再生される為には高橋留美子作品愛好者が必要であ る(流通業者の行う保管は流通の一形態である)。高橋留美子作品愛好者は、ビ デオテープやLDなどの映像ソフトによって作品を保管することができる。

保管者の観点から高橋留美子作品の保管を阻害する要因を考えてみると、保管 者の経済能力不足及び保管場所不足の2点があげられる。『うる星』放映当初は ビデオデッキはほとんど普及しておらず、作品の保管の方法はかなり限定されて いた。それが近年になってビデオデッキだけでなくLDプレイヤーまでが普及し 始めた。愛好者に限れば高齢化による高所得化にも大きく依存するが、ともあれ 愛好者らが作品を録画又は購入することによって作品が保管される機会は格段に 増加したのである。また、保管場所不足はある意味でより深刻かも知れない。な ぜなら、高橋留美子作品は一つの棚を簡単に占めることが可能な物量を誇るから である。『うる星』LD50枚組やパーフェクトコレクションや『めぞん』LD 24枚組などによってアニメ作品は省スペース化が図られたものの(『らんま』 も発売されるだろう)、雑誌や単行本のほうはそうはいかない。マイクロフィル ムで発行されるまで待つしか無いだろう。

再生者の観点から高橋留美子作品の再生を阻害する要因を考えてみると、愛好 者の再生不足の1点があげられる。一般社会に於いて再生による存在を論じるに は、統計的に延べ回数で考えなければならない。一人で十回再生する場合と十人 で一回再生する場合とでは、一般社会に於ける存在は同じである(実際には他の 因子によって後者の場合の方がより多く存在するとみなされる)。

高橋留美子作品の既作はただ保管されているだけでは一般社会に存在してると は言えない。作品が再生されることが必要なのである。未知の遺跡に眠る太古の 秘宝は発掘されなければ人類の役に立たないのと同様である。

作品存在論2:あとがき

作品存在論2は、平成4年5月10日にルーミック愛好者論の細論として発表 されたものである。その内容は、高橋留美子作品を世の中に広めたいと考えてい るルーミック愛好者に対して特に有益なものとなるだろう。

作品存在論2の最後の修正は平成5年1月10日に行われた。

サークル運営論2

サークル運営論2:まえがき

サークル運営論2は、これからサークルを運営しようとしているルーミック愛 好者、及び現在サークルを運営しているルーミック愛好者に向けて書かれたもの である。しかしながら、その内容は運営者のみならずサークルに所属しているル ーミック愛好者にとっても有用な示唆を与えるものである。

ここで、「ルーミック愛好集団」をルーミック愛好者だけを構成員とする集団 と定義し、「サークル」をルーミック愛好集団のうちその構成員の大多数がその 集団に対する一時的でない所属関係を認識しているものと定義する。一般にいわ ゆるサークルのほとんどが、ここにいわゆるサークルに含まれている。

なお、外敵の利用方法、乗っ取りに対する防衛、嫌な構成員の排除方法、他の サークルの潰し方などは、他人に教えるべき内容ではないので割愛しました。

サークル運営論2:サークル設立者の募集

サークルを設立しようと考えている者は、サークルを設立する前に、サークル 設立者を募集することができる。この募集は必ずしも行わなければならないもの ではないが、自分自身が多くの労務を行う余裕がない場合などには有効な方策で ある。

設立者募集のメリットとして、やる気を持っている人物が来るかも知れないこ と、サークル設立又は運営に関して自分にない能力を持った人が来るかも知れな いこと、及び、役割分担を行うことができるかも知れないことなどがあげられる。 設立者の募集は、まず気心の知れた仲間に声を掛ける方法を採用すべきである。 なぜならば、サークル設立者はそのままサークル運営者になる可能性が非常に高 く、サークル運営者は互いに気心が知れている方が望ましいからである。

設立者募集のデメリットとして、将来的な内部対立を発生させる要因になりや すいことがあげられる。サークル設立者は、設立者間の内部対立及び内部分裂を 防ぐ為に互いの想定しているサークルの具体的内容を予め話し合っておくべきで あろう。もし意見の一致を見い出すことができなかった場合には、一緒にサーク ルを設立するよりも、別々のサークルを設立した方がまだ賢明であるかも知れな いのである。

サークル運営論2:サークルの目的

サークル設立者は最初にサークルの目的を定めるべきである(もし可能ならば 明文化すべきである)。なぜならば、目的はサークルが活動する上での指針とな るからである。また、サークル運営に於けるトラブルを解決する上での指針にも なるからである。

サークルの目的はその構成員がサークルに期待する目的の綜和でもあるので、 ルーミック愛好者によるサークルに於いては、当然として構成員であるルーミッ ク愛好者の愛好対象がサークル活動の目的となり得る。理論的には、サークルの 目的はそのサークルが明文化している目的に関わらず、構成員がルーミックの全 部又は一部を同好の士と共に愛好すること、構成員がルーミックに関する物品や 情報を交換又は獲得すること、構成員がルーミックを通じて人脈を拡大すること、 構成員がルーミックを愛好する為の活動(サークル運営を含む)に参加し又は居 場所を確保すること、及び、構成員がルーミック愛好者の集団の中で相当な地位 を獲得すること、の一部又は全部となる。このことは経験則に反していない。

もしサークルの目的が構成員の愛好対象からあまり掛け離れているならば、そ の目的は単なる名目になるどころか、サークルにとって有害なものとなるであろ う。例えば、サークル運営者が、高橋留美子作品を愛好することを名目上の目的 とし、サークル活動に参加した女の子をナンパすることを事実上の目的としてい るならば、高橋留美子作品を愛好する目的でサークル活動に参加している一般の 構成員と摩擦を起こすことになるだろう。

サークル運営論2:サークルの活動内容

サークルを設立するにあたり、サークル設立者はサークルの活動内容を定める べきである。なるべくなら構成員を募集する前に主な活動内容は決定されていた 方がいいだろう。なぜならば、全く活動内容が決っていない状態では、構成員を 募集してもほとんど人は集まってこないからである。

一般に、ルーミック愛好者によるサークルの活動はルーミック愛好者の活動の 発展である。ルーミック愛好者の活動には、作品鑑賞、金儲け、イベント企画、 イベント参加、イベント徹夜、ライブ参加、追っ駆け、応援、同人誌制作、即売 会参加、同人誌販売、グッズ収集、セル窃盗、グッズ売買、テレカ売買、グッズ 貸借、投稿、文通、サークル運営、集会、パソコン通信、お茶会、旅行、文章執 筆、絵画制作、フィギュア制作、演奏、コスプレ、圧力、及び評論などがある。 これらのうちには、サークル活動として適当でないものもあるし、サークル活動 としてでしか行われていないものもある。サークルの活動を決定するにあたって は、構成員の特性及びサークルの目的を念頭に置くべきである。例えば、バイク 乗りのルーミック愛好者ばかりを集めたサークルでは、ツーリングを主たるサー クル活動とすることが可能であろう。

なお、経験則によればイベント企画及び同人誌制作は他の活動と両立させるこ とは難しい。なぜなら、これらの活動はサークルのパワーの大多数を投入しなけ ればならなく、それらの活動以外の活動をしている余裕がなくなるからである。

サークル運営論2:既存のサークルの活用

サークルの目的と活動予定がおおよそ決定されたならば、サークル設立者は本 当にサークルを設立するか否かについて改めて考えてみるべきである。なぜなら ば、新たにサークルを設立するよりも、既存のサークルに参入した方が目的を達 成する上で得策である場合がしばしば見られるからである。恐らくは自分達もそ うであるように、既存のサークルは積極的に活動(運営を含む)に参加してくれ る人を求めていることが多いのである。例えば、声優のファンクラブなどはその 活動の性質上、新たにサークルを設立するよりも既存のサークルに参加した方が 得策である。

サークル設立者を募集した場合、確かに設立の見直しは確かに言い出し難い事 であろう。しかし、自分達の目的を達成する上で有用な選択肢を無視するのは実 に愚かなことである。

サークル運営論2:非会員制か会員制か

サークルを設立するにあたり、サークル設立者は非会員制か会員制かを決定す べきである。ここで、「チーム」をサークルのうちその集団がその構成員に対す る所属関係を確定していないものと定義し、「クラブ」をサークルのうちその集 団がその構成員に対する所属関係を確定しているものと定義する。簡単に言えば、 非会員制サークルがチームであり、会員制サークルがクラブである。チームとク ラブとの折衷型サークルといえども、その活動に実際に参加している構成員の資 格が非会員制か会員制かでチームかクラブかに分類される。幹部集団はクラブ制 とし一般参加者はチーム制としてもよい。

チームのメリットをざっとあげると、構成員でない者に対しても門戸が広く開 かれていること、全ての構成員が活動に参加していること(参加しない者は構成 員でないからである)、活動の自由度が高いこと、及び、構成員同士の人間関係 が発生しやすい(友人関係が発生し易い)ことなどがある。一方、一般的なチー ムのデメリットをざっとあげると、会員制でないので会費が徴収できない(幹部 の高負担となり易い)こと、連絡網が確定できないこと、長期の活動計画を確定 できないこと、固有のサークルであることが分かり難いこと、分裂が起こり易い こと、及び、名称を持たない(代表者を特定しにくい)ことが多いことなどがあ る。

クラブのメリットをざっとあげると、会員が特定できること、長期の活動計画 を確定できること、サークルの機関が比較的簡単に成立すること、連絡網が確定 できること、固有名称を持っている(代表者を特定し易い)ことが多いこと、及 び、サークルを通じての構成員同士の人間関係が発生し易い(仲間関係が発生し 易い)ことなどがある。一方、一般的なクラブのデメリットをざっとあげると、 幽霊会員が発生すること、及び、構成員同士の人間関係がサークルを通じたもの に限定されやすいことなどがある。

ともあれサークル設立者は、サークルの目的及び活動内容を十分に考慮した上 で、どの形態を採用するかを決定すべきである。

サークル運営論2:サークルの機関

サークルを設立するにあたり、サークル設立者は機関を定めるべきである。サ ークル代表者は、サークルに於ける機関の一種である。一般に、機関の成立は確 実性と持続性のあるサークル活動を可能とする。また、機関によって内部には統 制機能が外部には代表機能が確保される。よって、機関が定められていないサー クルは内部統制がとれなくなることが多い。小規模(十人以下)のサークルに於 いては、それほど機関にこだわる必要はないが、少なくとも代表者を置くことが 望ましい。中規模(五十人以下)のサークルに於いては、代表者、会計担当、人 事担当、及び企画担当(例、会報編集部)が典型的な機関である(兼任を妨げな い)。また、大規模(三百人以下)のサークルに於いては、いわゆるプロジェク トチーム制が導入されることがある。超大規模(三百人以上)のサークルに関し ては、専門書を参考にすることが賢明である。

機関を置く為には、全ての構成員による制度的な承認と服従が必要である(チ ームに於いてはこの点があいまいになりやすい)。なお、既存のサークルに新た に参入する者は既存の機関に対する承認を行ったと推定すべきである。

サークル運営論2:サークルの名称

サークルを設立するにあたり、一般にサークル設立者はサークルの名称を定め るべきである。なぜならば、構成員以外の者がそのサークルを判別するのに必要 であるからである。よって、構成員以外の者との交流を持つ予定のないサークル、 及び、構成員と非構成員とを区別しないサークル、は必ずしも名称を持つ必要は ない。

名称は構成員を募集する前に決定されているべきである。構成員を募集した後 に名称を決定する方式はかなりもめることが多い上に、構成員を募集するにあた っては既に名称が存在しているほうが望ましいからである。誤認されることを防 ぐ為に、名称は既存のサークルの名称などと同一であってはならない。また、あ まりにも一般的すぎる名称は小規模(十人以下)のサークルには不適当である。 既存のサークルの名称を知る為には、その活動系統に詳しい人に聞くのがよいだ ろう(同人誌活動の場合は即売会パンフレットがよい資料となり得る)。なお、 経験則によれば、名称決定はサークル設立にあたっての最大の難問となり得る。

サークル運営論2:サークルの規約

サークルに規約は必要であろうか。サークルの規約の目的は一般に、そのサー クルの行動基準を構成員に周知させること及びそのサークルの機関などを明文化 することであろう。とすれば、これらを規約によらずして達成できるサークルな らば必ずしも規約は必要ではない筈である。例えば、小規模サークルは行動基準 を周知させるのに規約は必要ないし、代表者や幹部がサークル運営の全てを担っ ているサークルにも規約は必要ない。だが、大規模サークルは構成員全員に対し て行動基準を周知させるのに規約を必要とするだろう。

サークル運営論2:構成員募集

一般に、まずサークルの設立者がサークルの構成員となる。構成員の募集方法 は、アニメ専門誌やマンガ専門誌に投稿する、知人の同人誌に掲載してもらう、 チラシを配る、パソコン通信に流す、大規模サークルの集会に参加する、声優に 宣伝してもらう、及び、知人に声を掛ける等である。サークルの構成員募集が、 同好の士の目にとまる機会が多くなればよいのであるから、他にも様々な募集方 法があるだろう。参考までに、《キティアニメーションサークル》の会報で募集 を行った場合、既存サークルに加入していないルーミック愛好者のは千人のうち 四人が興味を示して問い合わせをよこし、その内の8割が入会するようである。 既に既存のサークルに加入しているルーミック愛好者の場合は状況による。

なお、サークルの構成員数はサークル活動を不可能にするものであってはなら ない。

サークル運営論2:名簿と連絡網

名簿作成は、サークル運営者の最初の仕事となるであろう。ルーミック愛好者 のサークルに於いては、必ずしも物理的に近い地域に構成員が存在するとは限ら ないので、手紙や電話といった通信体制を整える必要がある。いくつかのチーム は名簿を作成しないことが多いが、これは明らかにサークルにとって不利益であ る。なぜなら、確実に会える機会が続かない限り、そのチームはサークルとして の持続性を欠くことになるからである。

名簿を構成員に公開するか否かは重大な問題である。名簿公開の主なメリット は、サークルの幹部が不正を働いた場合や開店休業した場合に名簿が公開されて いれば対応のしようがあること、一般の構成員同士の交流が深まること、及び幹 部への信頼度が高まることなどである。名簿非公開のメリットは、連絡先を公開 したくない人への配慮になること、サークルに関する全ての情報を幹部が管理す ることができること、内部分裂を防ぐこと、名簿がサークルの目的と異なる用途 に使用されることを防ぐことなどがあげられる。ともあれ一般には、住所と名前 だけを公開しているところが多いようである。

連絡網として手紙を主体にするか電話を主体にするかも重大な問題である。手 紙(会報制を含む)のメリットは、連絡が比較的確実であること、構成員の家族 に迷惑を掛けにくいこと、及び情報量が多いことである。電話のメリットは、手 間が比較的かからない(特に小規模サークルの場合)こと、連絡速度が速いこと、 及び、双方向で会話できる(返事がすぐ聞ける)ことである。一般には、手紙を 主体とし幹部同士の連絡は電話を併用しているところが多いようである。

サークル運営論2:幽霊会員

しばしばクラブに見られる問題として幽霊会員問題がある。即ち会員としての 最低限の義務(例えば会費納入)は果しているものの、実際の活動には全く顔を 出さない会員の問題である。会費をとっていないクラブに於いては、名簿に載っ てはいるものの全く活動に参加していない会員も存在し得るだろう。

一般にクラブ運営者は、会員数が減ることを恐れていてか、幽霊会員の存在を 容認していることが多い。しかし、会費を払っているならばともかく、全く活動 に参加していない幽霊会員を容認しておくメリットは意外に少ないものである。 幽霊会員を容認するメリットは、(会費制ならば)会費納入が期待できること、 数字の上の会員数が多くなること、及び、可能性は低いが活動に参加してくれる かも知れないことなどである。一方、デメリットは、連絡コストがかかること、 及び、クラブの士気が下がることなどである。一般に、幽霊会員を容認するか否 かはクラブ運営者の政治判断による。

サークル運営論2:サークルの資金

一般にサークルは何らかの方法でサークルの資金を得なければならない。一般 的なサークルの収入の勘定科目は、サークルの新参者によってサークルに納入さ れる収入(入会金収入)、サークルの構成員によって会期毎にサークルに納入さ れる収入(会費収入)、サークル活動に参加した者によってその活動の必要経費 としてサークルに納入される収入(経費収入)、サークルに対してなされた寄付 による収入(寄付収入)、サークルが物品を販売して得た収入(売上収入)、及 びその他の収入(雑収入)の一部又は全部である。イベント企画や同人誌即売会 運営を行っているサークルの場合には更に多数の勘定科目が追加されるだろう( 専門書を参考にするのが賢明である)。一方、サークルの支出の勘定科目は、各 々のサークルによって大いに異なるので、一般的に述べることは適当でない。

サークルの運営者は、サークルの資金を得る方法を決定しなければならない。 一般的にクラブの場合には入会金収入及び会費収入が主であり、チームの場合に は経費収入が主であるようである。サークルの資金問題はサークルにとってかな り大きな問題であるので、どの収入をメインにするかでサークルの性格が大きく 変化することにサークル設立者及びサークル運営者は留意すべきである。

サークル運営論2:会計管理

サークルが何らかの収入を持っている場合、サークルの資金が行方不明になる ことを防ぐ為に、何らかの会計管理が必要となる。一般には、会計担当者(小規 模サークルでは代表者が兼ねることが多い)を定めて、会計を管理することが多 い。

収支を十分に予測できるサークル(又はサークル内部のプロジェクトチーム) は予算制を採用することができるが、一般的なサークルでは予算制はかなり難し いことである。もっとも、予算制を採用していないサークルといえども「サーク ルの収入はサークルの支出に使用する」という超大ざっぱな予算計画(どんぶり 勘定)があるものとみなすこともできる。

予算制を採用していないサークルでは、幹部集団が確定している収入を基に支 出計画を立て、会計担当者がその計画に必要な金額を支給する方式を採用してい るところが多い。この方式は、長期計画には向かない上に、支給するか否かの事 実上の決定権が会計担当者にあるので一般の構成員にとって実際に金銭が支給さ れるのか否かが判別しにくいというデメリットがある。しかし、他に適当な方法 も少ないのでこの方式は多くのサークルで採用されている。なお、代表者と会計 担当者とが兼任されているサークルでは、代表者個人の会計とサークル全体の会 計とが混然一体となっている場合もしばしば見られる。この場合、興味深いこと に、公金が着服されることよりもむしろ代表者の負担がますます増えることの方 が多いようである。

サークル運営論2:会計監査

会計監査とは会計を監督し検査することである。これは、決算が予算通りにな っているか否かを検査することによって不正を防止する目的を持つ。

一般に会計監査は被監査団体の外部の者が行うべきであるが、サークルの場合 にはなかなかそうもいかない。そこで、サークルに対して支出を行った全ての者 に対して会計報告を行う方式が比較的導入しやすいと思われる。なお、この報告 は寄付者に対しても行われるべきものである。なぜならば、寄付者はその寄付金 がサークルの為に使途されることを前提に寄付を行ったと推定すべきであるから だ。なお、会計報告を構成員に対して行うことは、幹部への信頼を高める有用な 手段でもある。

但し、一時的な独立会計(例えば、喫茶店で行われたサークルの集会に於ける 食事代金)の場合は、特に会計監査をする必要はないだろう。なぜならば、自分 が支出した金がどのように使われたのかは誰にも一目了然であるからである。

サークル運営論2:活動拠点

サークルにとって活動拠点は重要である。活動系統によっては活動拠点の設定 は最重要課題であるかも知れない。パソコン通信、投稿、又は文通等だけを活動 内容とするサークルなどはいざ知らず、一般的な活動を行っているサークルは活 動にあたって構成員が集合できる物理的な場所が必要である。一般に活動拠点は、 イベント会場や即売会会場などの「お祭り会場」と喫茶店や幹部宅などの「たま り場」とに大別することが可能である。

サークル運営者は、サークルの活動内容に応じて活動拠点を設定しなければな らない。なお、たまり場の設定は構成員の定着に大いに有効であるので、サーク ル運営者はなるべくたまり場を設定した方が得策であろう。なお、先述の通信ネ ットワークもある種のたまり場であると見なすことが可能である。

たまり場を設定すると本来のサークル活動よりもたまり場にいることの方が構 成員にとって面白くなることがしばしば起こり得る。これは理論的にも経験的に も証明することができる現象である。これをメリットと見るかデメリットと見る かは、この現象がそのサークルの目的に合致しているか否かによる。

サークル運営論2:サークルの解散

サークルの宿命として必ずいつの日か消滅することになる。消滅には、解散及 び自然消滅がある。解散とは、予め定められた解散事由が発生したとき、目的の 成功不成功が確定したとき、破産したとき、及び、サークルが解散を決定したと きなどに、サークルの決定として解散の宣言が出されることである。サークルを 解散する場合には、必ず清算を行うべきである。なぜならば、清算をしっかり行 う事は、せっかく知り合った仲間とサークル解散後にも友好的に付き合う上で効 果的であるからである。一方、自然消滅とは、構成員数が減少していったとき、 幹部が職務に怠慢であったとき、及び、何等かの理由によって活動が停滞したと きなどにサークルが休業することである。金銭トラブルが発生し易い上に、構成 員同士の交流も途絶え易い。

いかにして自分のサークルを消滅させるかを考えておくことは、反面的ではあ るが、サークル運営に大きく役立つであろう。なぜならば、サークル運営者がサ ークル存続の為にと思って行う活動も、場合によっては逆効果となり得るからで ある。例えば、サークル活性化の為に新しい活動を導入することは、内部対立の 要因となるかも知れない。

サークル運営論2:外交

サークルは同じ活動系統のサークルと交流することができる。交流することの メリットは、新しい仲間を獲得する上で有用であること及び大規模な活動を行う ことができることであろう。一方、交流することのデメリットは、サークル間の 紛争の種を発生させる可能性があること及びサークルの合併吸収が起こり得るこ とであろう。

経験則によれば、サークル間の対立は幹部間での対立である場合が多く、一般 の構成員から見れば些細なものであることが多い。しかも、それは大同小異であ ることが多い。サークル間の対立が発生した場合には、サークル運営者はこれら のことを思い浮かべて見るべきであろう。

参考までに、他サークルと合同して活動する場合には、どのサークルが主であ るかを明確にしておくべきである。同等の立場で合同活動を行うと、何か問題が 発生したときに、責任の所在が不明になり易くなるばかりか、収拾が付かなくな り易いのである。

サークル運営論2:男女問題が発生した場合

はっきり言うが、サークルの構成員の多くは異性に縁の無いような方々である。 だからこそ、サークルにそこそこ魅力的な異性が入ると、何とかして自分のもの にしようとする者がいても不思議ではない。

男女問題の解決方法は、まず無いと考えていいだろう。構成員同士での問題な らば、サークル運営者はその問題がサークル全体に及ぼす悪影響を最小限にする ように努力することが可能である。しかし、サークル運営者が当事者となった場 合には、サークル運営者を補佐する者が運営者を諌めなければならない。

サークル運営論2:金銭問題が発生した場合

サークルに於ける金銭問題の多くは、運営者による使い込みという形であらわ れる。この問題を解決するには、賠償してもらう以外に無い。ただ、ここで問題 となるのは、問題が解決されるまでの間のサークルの運営である。問題を解決し ようとする者は、単に賠償を請求するだけでなく、その間のサークル運営をどう するかも考えなければならない。

また、構成員が一時的に負担した金銭をサークルが支払わない場合も金銭問題 となり得る。この場合には、まず当事者同士でどうするかを話し合うべきである。 ここでは詳しく述べきれないが、最終的には法律で解決するしかない(なお、一 般的なサークルは、法律用語にいわゆる権利能力無き社団と解釈される)。場合 によっては、既にサークルをやめた者に対して請求することも有り得るだろう。

外部団体との金銭問題もしばしば見られる金銭問題である。まずは当事者同士 で話し合い、誰がいくら負担するかを明確にすべきであろう。たしかに、金銭問 題を口に出すのは、人間関係にひびを入れ兼ねないことであろう。しかし、はっ きりさせなければ、より険悪な人間関係を発生させることすらあり得るのだ。

サークル運営論2:派閥問題が発生した場合

サークルの運営者にとって最大の頭痛の種となるのが、派閥問題である。ここ で派閥とは、サークルとして活動している際にも固まって行動し他の構成員と交 流することない集団と思えば分かりやすいだろう。複数の派閥がある場合には、 派閥同士での抗争もしばしば見られる。両者ともサークルの目的は支持している ものの、その手段を異としていることが特徴であろう。サークル運営者は、派閥 抗争が全体に拡大する前に、必要に応じて断固とした解決方法をとらなければな らない。

サークル運営論2:後継者がいない場合

サークルの運営者が引退するときに、誰かを後継者としなければならない。だ が、多くの運営者は満足な候補者を得られずに結局は自分が運営者であり続ける。 多くの場合、運営者は「十分な経験を持つ現在の自分」と「未だ経験の少ない現 在の候補者」とを比較しているので、どの候補者も自分に比べて力不足に見える からである。ここで、運営者に考えて欲しいことは、「運営者となる直前の過去 の自分」と「現在の候補者」とはどちらが運営者として適格であるか、である。 大抵の場合は、どちらも似たようなものであろう。

サークル運営論2:活動参加者が減少した場合

サークルに参加する者もあれば、やめていく者もいる。一般にサークルをやめ る者は既にそのサークルに魅力を感じていない。これは、サークルの活動が面白 くない場合の他に、その者の興味の対象がそのサークルにないものとなった場合 などに起こり得ることである。やめるとまではいかなくとも、活動に参加しなく なる者もいる。受験や就職などを理由とすることが多いが、他のサークルの活動 に参加することを理由とする場合もしばしば見られる。何人かの運営者は流出先 のサークルに嫉妬することもあるようだ。

目的を同じとする他のサークルに流れたときは、自分のサークルよりも他のサ ークルの方が魅力的であるとみなしていいだろう。サークル運営者は、自分のサ ークルをより魅力的なものにすることによって、人を呼び戻せるかも知れない。

サークル運営論2:あとがき

サークル運営論1は、ルーミック愛好者がサークルを運営するにあたり、留意 すべき事項を論じたものであった。しかし、それはサークル運営に於ける様々な 問題点を指摘したものの、具体的な対策についてはほとんど論じていなかった。 そこで、筆者の理論に基づいたサークル運営のマニュアルとしても使用可能なサ ークル運営論2が制作され、平成5年1月10日に発表された。この論文は一般 論なので、実際に応用できるかどうかは必ずしも保証できないものの、ある程度 の指針には成り得るだろう。

実を言うと、筆者はこの類の問題で頼られることが好きなので、サークル運営 に関する相談の申し込みを歓迎致します。

サークル運営論2の最後の修正は平成5年1月10日に行われた。

イベント活動論2

イベント活動論2:まえがき

ルーミック愛好者が集う機会は数多い。それらの中でもオフィシャルイベント は最大の規模であろう。イベント活動論2は、イベント活動を主たる愛好活動と するイベント活動型ルーミック愛好者について論じたものである。なお、このイ ベント活動2に限り、他の活動系統に関する論文と異なる立場で書かれている。 これは、ルーミック愛好者論の公開の目的がルーミック愛好者の発展すべき方向 を導き得る書となることであり、筆者は既にイベント活動型ルーミック愛好者の 指導的立場にいるからである。

イベント活動は、徹夜活動、声援活動、及び追掛活動に大別される。徹夜活動 はイベント会場に前夜又はそれ以前から並び、声援活動はイベントのゲスト等を 応援し、そして追掛活動は日本各地のイベント、声優又は歌手を追い掛ける。こ の三種の活動は互いに大きく関連している。イベント活動型ルーミック愛好者は、 ルーミック愛好者の総数から見れば少数派に過ぎない。しかし、そのパワーは数 多い愛好活動の中でも恐らく最強であり、イベント活動はルーミック愛好者を論 じる上で無視することのできない重要な愛好活動である。なお、イベントの一般 客は特にイベント活動型ルーミック愛好者とは呼ばれていない。

イベント活動論2:現状解析

イベントに参加したことがある者ならば、イベント会場で発光剤を振りながら 絶叫している集団をご存知であろう。かつては、様々な集団が様々な応援を展開 していたが、現在では統一された大集団で発光剤とコールを用いた応援が主流で ある。一般に、声援活動の目的は応援することによって楽しむこと及びイベント を盛り上げることによって楽しむことである。また、ゲストらと懇意になる目的 を持つ者もいる。

『うる星』放映前半期のイベントやオンリーユー初日などに於ける徹夜組は、 少しでも良い席を確保することを目的としていた。ところが、イベントが回を重 ねるうちに常連同士に仲間関係が発生し、『うる星』の人気の下落に伴って、徹 夜組の目的は仲間に会うことへと転化していった。残念なことに最近では、本格 的な徹夜組は関東のイベントにしか存在しない。冬場になればその数は減少する。 また、徹夜組は、主催者が会場整理スタッフを用意していない場合には、会場整 理を手伝うことがある。

いわゆる追っ掛けは、新作フィルムを観たり又はゲストを応援したりする為に 各地のイベントやライブに参加する。中には、いわゆる全国ツアーを制覇する人 達もいる。飛行機、鉄道、自動車、バイクなどでイベントを追い掛ける楽しみは、 イベントなど自体の楽しみの他に、旅の楽しみに近いものがある。また、主催者 の手伝いをしたり声援活動をすることによって、主催者やゲストらと懇意になれ る楽しみもある。そして、常連同士が互いに知り合うようになると、仲間と一緒 に行動することが重視されるようになる。

声援活動、徹夜活動、及び追掛活動は、同一のルーミック愛好者が行っている ことが比較的多い。なお、イベント活動型ルーミック愛好者には、声優に対する 愛好者が比較的多い。また、原作とアニメではよりアニメを好む傾向がある。こ れらはイベントの内容の影響であろう。

イベント活動論2:声援活動

日高のり子の『ハートないしょ/2』に対するコール「L・O・V・E・マイ ・ラブ・あか・ね!」は最近のルーミック愛好者にとって最も有名なフレーズで あろう。応援団は、応援サークルと徹夜組の連合軍の形態を採ることが多い。例 えばイベントに於ける日高のり子の応援には《日高のり子応援団》と《ルミネッ ト》との連合軍が火力を発揮している。ところで、一昔前は応援団同士での応援 戦争などもあった。即ち「俺達が主になって○○さんを応援する」という立場で ある。その為、一般のイベント参加者が声援を行いたくても、どの応援団に合わ せたらよいのか分からなくなることもあった。最近ではコールも統一されたので、 一般のイベント参加者も安心して合わせることができるようになっている。

昨今では見かけなくなったが、かつてのイベントでは紙テープ投げは応援の主 流であった。ステージに舞う紙テープはいかにもコンサートという雰囲気であっ た。参考までに、紙テープ投げの基本技術を記しておこう。まず、芯を抜いて巻 き直すこと。これは危険防止の為である。投げる時は、テープの一端を持ってテ ープ本体を歌手の頭上高くから落下させるつもりで思いきり投げる。ここで注意 すべきテクニックは、テープが半分ほどほどけた時点で、手にしていた一端を離 すことである。するとテープは、ほどけながら歌手の頭上から降って来る。紙テ ープ投げとの関係で、当時の声援は主に一階席中段中央及び二階席最前列中央か ら行われていた。

なお、この紙テープ投げは昭和61年春のファイナルツアーの後から急速に廃 れていった。その最大の原因は直撃事件である。芯を抜かずに投げた粗忽者がい たのだ。また、ペンライトやコールによる応援の普及も関係する。この頃から一 階席中段側方や最後列からのコール掛けが行われるようになった。応援形態と応 援集団と応援布陣とは互いに密接な関係がある。

現在では、発光剤を用い、最後尾列からコールを会場に浸透させる方式が主流 である。慣習的に赤色発光剤は指揮官用、緑色発光剤及び白色ペンライトは一般 用となっているが厳密ではない。なお、発光剤はパーティ用品を扱っている店で 五百円程度で入手することができる。

イベント活動論2:徹夜活動

徹夜組のノウハウは回数を重ねる毎に蓄積されてきている。徹夜会場設営や夜 食共同購入などから、対外交渉やグッズ流通に至るまで、ある種のシステムが確 立され、これらには初めて徹夜組に参加するルーミック愛好者までも参加できる。 このことは、徹夜組が一般的な私設ファンクラブと異なっている最大の点であろ う。場を仕切るリーダーは存在するものの、その権力は一般のサークルに於ける それとは大きく異なっている。

必ずしもイベント徹夜組の活動に問題がないわけではない。往年のマナーの悪 さは相当なもので、親衛隊同士の喧嘩も見られるほどであった。また、かつては 怪我や急性アル中で救急車を呼ぶこともあった。近年では、かなりのマナー向上 が見られ、このような事件は発生しなくなって来ている。

また、徹夜組はその性質上、一時的な交友に終わることが多かった。しかし、 徹夜組リーダーらによって名簿作成が行われるようになると、イベント会場以外 での交友も深まるようになってきた。この点では、あたかも「イベント徹夜組」 という名の一つのサークルが結成されたかのようである。

イベント活動論2:追掛活動

東京発大垣行の夜行列車は、イベント活動型ルーミック愛好者ならば知らない 者はいない列車である。一般に「大垣夜行」とか「根性列車」と呼ばれている。 この列車をうまく乗り継げば、三千円程度で東京から九州まで行けるのである( 「青春18切符」使用の場合)。これは知っていて損にならないことであろう。

さて、いわゆる追っ掛けが声優や歌手のコンサートやライブを追い掛けるだけ でなく私生活まで追い掛けるという誤った先入感を抱いている人をたまに見かけ るが、ルーミック関連の追っ掛けはそれほどひどくはない。せいぜい、公演の為 に移動する新幹線や飛行機に一緒に乗るくらいである。

追っ掛けの最大の問題点としては、やはり長期に渡って旅を続けることと本業 との両立であろう。かつては学校を休んでまで声優を追い掛ける者も存在した程 である。現在ではそれほどの気合いの入ったルーミック愛好者はほとんどいない が、イベントの度に全国廻りをする者はまだ存在する。また、もう一つの問題点 はやはり交通費問題であろう。いわゆるキセル乗車が後を立たなかったのである。 最近ではマナーの向上も見られ、金の無い者は全国廻りをしなくなったので、キ セル乗車をする者はほとんどいない。

ところで、イベントで全国廻りをするルーミック愛好者がイベントで出される クイズに対して、かなり高い確率で賞品を持っていくのは、同じクイズが異なる 会場でも使用されること、対クイズ用に予め下調べを行っていること、及び、互 いにフォローできる体制になっていることが理由である。一部に、不正を行って いるのではないかという疑惑があるようなので、ここで明らかにしておきたい。

イベント活動論2:イベントの盛り上がり

一般に、イベント参加者がイベントを楽しむ為には、イベントが盛り上がるこ とが必要不可欠である。しかし、昨今のイベントはかつて程の盛り上がりを見せ ていない。かつてのイベントの盛り上がりを懐かしむベテラン愛好者も多いので はなかろうか。

興味深いことに、同じ時期、同じ地域、同じ客層、そして同じ公演内容であっ てもイベントは盛り上がる場合と盛り上がらない場合とに極端に分かれる。ここ で、一般的な参加者らに意見を求めてみたところ、「周囲が盛り上がれば自分も 盛り上がりたい」という意見が多数派であった。即ち、かつて程ではないにしろ、 盛り上がる為のポテンシャルは不足しているわけではない。むしろ、盛り上がる 為のパワーが臨界量に達しているか否かが重要である。

イベントが盛り上がる為にはパワーを臨界量に達せること及び臨界量を減少さ せることが有効である。実際には、一般的なイベント参加者にできることは前者 だけである。イベント活動型ルーミック愛好者による組織的な声援が主流となっ ている現在では、その声援に参加することと自発的に拍手を行うことが最も効果 的であろう。また、主催者らにできることは後者だけである。イベントの内容や ゲストの決定を吟味することだけでなく、イベントを宣伝すること、人数に相応 した会場を選択すること、参加者が声援や拍手をしやすい環境を作ることなど、 イベントを盛り上げるのに有効な手段は無数にあろう。そして、イベント活動型 ルーミック愛好者にできることは、ハイパワーなだけの声援だけでなく点火に必 要な火種の配置を最適化することであろう。

イベント活動論2:イベントの存続

イベント活動は、イベント、ライブ、舞台挨拶などを主たる活動場所とする。 従って、それらが消滅すればイベント活動は消滅せざるを得ない。イベント活動 型ルーミック愛好者は、イベント活動の場を確保する為に、自分達でイベントを 開催するだけの能力を得るか、さもなければイベントを開催する企業を支持すべ きであろう。

現在のイベントは《キティアニメーションサークル(KAC)》によるものが 最大である。一般に、《KAC》に対するルーミック愛好者の評価は必ずしも賞 賛だけではない。しかしながら、イベント活動型ルーミック愛好者による《KA C》への評価に批判が少ないのは、《KAC》にイベントを開催する能力がある ことを主因とする。

しかし、いずれにせよ、いつの日か必ずイベントは開催されなくなるのである。 そこで、イベント活動型ルーミック愛好者は将来に向けて新たなる活動を見い出 さなければならない。その為には、すでに存在するイベント活動型ルーミック愛 好者のネットワークを保ち続けなければならない。

イベント活動論2:関東に於けるイベント活動

関東に於けるイベント活動型ルーミック愛好者の集団の歴史を簡単に述べてお こう。いくぶん手前味噌で恐縮であるが、イベント活動型ルーミック愛好者を知 る上で有用であろうと確信している。

82年秋以来、ルーミックに関するイベントや映画公開は数多く行われて来た。 それらにつきものの徹夜組の存在もあった。初期の徹夜組は、いくつかの小集団 に分かれており、各集団それぞれが開場時刻を待っていた。その中に、《ツアー スタッフ》と呼ばれる十名ほどのファンがいた。全国を巡り物品販売や行列整理 のお手伝いをする一騎当千の強者集団である。特に徹夜組を統率したりはしない ものの、問題が発生した際には中心的な役割を果たしていた。また、イベント等 ではコール掛けも行っていた。他にも《平野文FC》などが勢力を誇っていた。

86年夏にうる星復活推進サークル《うる星のまど口》が何人かのファンによ って結成され、次第に徹夜組の中でも大きな勢力となり、しばしば《ツアースタ ッフ》とも対立していた。そして、88年夏に《ツアースタッフ》の一人が反公 序良俗を防ぐ為に徹夜組の統率を開始した。いわゆる《新井軍団》である。まも なく、徹夜組は《うる星のまど口》と《新井軍団(関東ではルミネットとも呼ば れていた)》との二大勢力に色分けされ(少数ながら《友高美術団》や《成清親 衛隊》などもいた)、新しい徹夜参加者もいずれかの陣営に引き入れられていっ た。《ルミネット》は徹夜組相互の交流をも目指していた。イベントでのコール 掛けも、この二大勢力がしのぎを削っていた。だが、89年夏以降《うる星のま ど口》は衰退していった。

91年になって、《ルミネット》を中心として日本各地の徹夜組集団の全てが 協力し『うる星放映10周年記念イベント』を楽しむ為だけに《武道館‘91プ ロジェクト》を発足した。《武道館‘91プロジェクト》は最終参加者数二百名 余にも及び、武道館1階東席を中心として武道館イベントを大いに盛り上げた。

イベント活動論2:あとがき

イベント活動論2は平成4年4月18日に発表されたものである。より詳細か つ具体的にイベント活動を知りたい人やイベント活動に参入したい人は、筆者に 連絡して頂きたい。筆者は最古参のイベント活動型ルーミック愛好者であり、光 栄にも《武道館‘91プロジェクト》のリーダーを務めさせて頂いた。筆者はイ ベント活動型ルーミック愛好者の指導的立場におり、実際に『ルーミック愛好者 論』の理論はイベント活動型ルーミック愛好者らに応用されている。

イベント活動論2の最後の修正は平成5年1月10日に行われた。

同人誌活動論3

同人誌活動論3:まえがき

同人誌活動は、ルーミック愛好者の愛好活動の一種である。同人誌活動論3は、 同人誌活動に携わるルーミック愛好者の諸問題について論じたものである。

同人誌活動とは、高橋留美子作品に関する同人誌を制作頒布する活動である。 その活動は、執筆活動、編集活動、及び販売活動に大別される。同人誌の内容は、 パロディ(エロティックパロディを含む)マンガが多く、小説、評論、資料集な どが時折に見られる。同人誌活動の主なメリットは、サークルの全パワーを燃焼 させるに十分な活動であること、新たな仲間を獲得するのに優れていること、数 ある愛好活動の中でも特にその記録が有形に保存されること、及び、高橋留美子 作品は2次元のメディア(マンガやアニメ)に存在するのでその愛好を表現しや すいことなどである。

同人誌活動論3:現状解析

最近の同人誌活動型ルーミック愛好者には、一般のルーミック愛好者と同様に、 若い女性の参入が見られている。また、サークルは、『うる星』『めぞん』時代 からの大規模サークル(《ラムコム》や《一刻会》等)と『らんま』時代からの 中小規模サークルとに大別されている。

同人誌は、投稿型同人誌、依頼型同人誌、及び個人型同人誌に大別される。ま ず投稿型同人誌は、会員制を採り固有名称を持つ大規模なサークルによる会誌に 多く見られる。一般に、ページ数が多く、内容は多岐に渡り、比較的定期毎に発 行される。また、執筆者と編集者との関係は、会員と幹部との関係であることが 多い。依頼型同人誌は、中小規模サークル(固有名称を持つ持たないに関わらな い)によって制作されたものに多く見られる。内容は、各誌毎に様々であるが、 誌内のテーマは統一されている場合が多い。一般に、編集者が仲間や知人に原稿 を依頼して制作される。依頼は金銭を伴うものではない。その為、発行は一般に 単発かつ不定期である。そして個人型同人誌は、小規模サークル(会員数1名の サークルを含む)によって制作されたものに多く見られる。一般に、内容は様々 であるものの、頒布価格は比較的廉価である。個人型同人誌は、その執筆者の技 量によって質が大きく異なる。執筆者が編集者と販売者を兼ねている場合が多い。

なお、同人誌の頒布は主として同人誌即売会に於いて行われている。同人誌即 売会の情報は、専門誌に掲載されていることが多い。高橋留美子作品に関連する 同人誌が多く見られる同人誌即売会として、首都圏では《コミックマーケット》、 《コミックぱいれぇつ》、及び《るーみっくショップ》等があげられる。

同人誌活動論3:同人誌活動の独立性

同人誌活動型ルーミック愛好者の何人かは、ルーミック愛好者のサークルは必 ず同人誌活動を行っていると考えているようである。確かに、固有の名称を持っ たサークルのほとんどは同人誌活動型サークルである。しかし、同人誌即売会が サークル参加の制度であること、印刷技術の発達やワープロの普及によって同人 誌制作が容易になったこと、及び即売会に参加する為の分家現象が発生したこと を無視するわけにはいかない。一方、他の愛好活動に於けるルーミック愛好者の 集団は固有の名称を持つ必要をほとんど持たない。従って、ルーミック愛好者の サークルは必ずしも同人誌活動を行っているわけではない。

なぜ上記のような思い違いが発生するのであろうか。あるサークルが同人誌活 動を開始すれば、同人誌活動はサークル活動としては多大な労力を要するもので あるので、そのサークルの労力の大部分を同人誌活動に費やさざるを得なくなる。 つまり、同人誌活動をサークル活動の一環として導入したとしても、結果的にそ の同人誌活動がそのサークルの活動の主力になりやすいのである。また、同人誌 活動は、発表の場を同人誌即売会にしか持たないコスプレ活動を除き、他の活動 系統のサークルとの接点を持っていない。しかも、コスプレ活動は特に個人活動 が多い愛好活動である。よって、同人誌活動型ルーミック愛好者がサークルは必 ず同人誌活動を行っていると誤解することは、不思議なことではない。結果的に、 同人誌活動型ルーミック愛好者の仲間関係は同人誌活動型ルーミック愛好者に限 定されることが多い。すなわち、同人誌活動は他の愛好活動から独立している場 合が多い。但し、大規模サークルに於いてはこの限りでない。

同人誌活動論3:同人誌即売会の意義

同人誌活動型ルーミック愛好者は同人誌即売会がなくても同人誌を制作するの か否かを論じたい。筆者の調査によると、多くの同人誌活動型ルーミック愛好者 が同人誌即売会が無ければ同人誌を制作することはないと考えている。実際に、 同人誌即売会に参加するつもりもなく同人誌を制作しているルーミック愛好者は ほとんど存在しない。この事実より、同人誌活動は「ケ」の同人誌制作活動及び 「ハレ」の即売会参加活動と大別することができる。

一般的な同人誌活動型ルーミック愛好者にとって同人誌即売会は同人誌頒布の 手段としては事実上唯一のものであることに注目する。実際に、通信販売や書店 委託による頒布量は同人誌即売会に於ける頒布量に比べてかなり小さい。従って、 自己の表現や主張を他人に知ってもらいたいという同人誌活動型ルーミック愛好 者は、同人誌即売会が無ければ同人誌を制作するメリットを有しない。

また、同人誌即売会に参加する者の多くが同人誌を通じた交流を目的にしてい るという事実に注目する。同人誌活動の性質上、同じサークルの仲間を別にすれ ば他の同人誌活動型ルーミック愛好者と会える機会は同人誌即売会にしかない。 よって、同人誌即売会に参加する為に同人誌を制作することも起こり得る。筆者 の観察によれば、このような同人誌活動型ルーミック愛好者は少なくない。

以上より、同人誌即売会が無ければ同人誌を制作する同人誌活動型ルーミック 愛好者はほとんど存在しない。但し、十分に多い会員を持つサークルに於いては、 上記の目的は会外に頒布することなく達成することができるので、同人誌即売会 が無くても同人誌(会報や会誌)を制作することは有り得るだろう。

筆者は、同人誌活動型ルーミック愛好者諸氏に対して、即売会の存続について 真面目に考えてみるべきであることを提言する。また、同人誌即売を伴わないで 同人誌活動型ルーミック愛好者の集う機会を提唱する。

同人誌活動論3:人間関係の閉鎖性

一般に、執筆活動や編集活動は個人で行うことができる。また、活動の性質上 「閉じ込もって」活動することが多い。さらに、同人誌活動型ルーミック愛好者 の仲間関係は同人誌活動型ルーミック愛好者に限定されることが多い。よって、 同人誌活動型ルーミック愛好者の人間関係は、同人誌活動型ルーミック愛好関係 ばかりであっても不思議ではない。実際に、何人かの同人誌活動型ルーミック愛 好者は、その年賀状や暑中見舞のほぼ全てが同人誌活動ルーミック愛好者からの ものであるという。たしかに、同人誌活動型ルーミック愛好者には筆まめな人が 多いことや遠方に住んでいる仲間が多いことは、この現象を説明できるかも知れ ない。しかし、ルーミック以外の系に於ける仲間(学友や同僚)からの手紙が比 較的少ないことには変わりない。

また、同人誌活動型ルーミック愛好者同士の人間関係は、同人誌や即売会を通 じたものに限定される場合が多い。極端な例では、即売会に於いて互いに名前も 知らずに親しく会話している人たちが実際に存在する。恐らくは、同人誌や即売 会といったものを通じなければ、つきあえない関係であろう。なぜならば、一般 に同人誌活動に於いては同人誌以外に共通する価値観を創り上げることが困難だ からである。つまり、友人関係でなく仲間関係なのである。一方又は双方が足を 洗えば、そこで関係は終了するのである。もちろん、足を洗った後でもつきあえ るような人間関係を構築している同人誌活動型ルーミック愛好者も存在するが、 その数は筆者の知る限りでは非常に少ないものである。

人間関係の大部分を同人誌活動の系(いわゆる同人誌界)に依存する人間は、 その系から脱退するときにその人間関係の大多数を失うことになる。人間関係を 失うことはその者にとって恐怖であろう。よって、人間関係を喪失したくない為 に、同人誌活動を続けざるを得ない者も存在し得る筈である。実際に、サークル を維持する為だけに惰性で会誌を制作し続けている同人誌活動型ルーミック愛好 者は存在している。

筆者は、サークルは個人と個人とが知り合う為には有用であると考える。しか し、知り合った後でも、サークルを通じた関係だけにとどまっているべきではな い。個人の魅力によって仲間関係を友人関係にしていくべきであろう。もちろん、 ずっと生きている限り同人誌活動を続けるという者や、足を洗うときはすっぱり と縁を切ると予め決めている者や、自己の魅力に自信が無い者などは別である。 なお、ペンネームを同人誌内だけでなく同人誌活動に於いても使用している者は、 その使用が人間関係を同人誌を通じたものに限定し易いことに留意すべきである。

同人誌活動論3:営利目的

執筆者と販売者が同一人物である場合に於いて、同人誌販売の主たる目的は何 であろうか。知人に頒布するときには仲間関係の維持を目的にしていると考えら れるが、いわゆる一般客に販売するときでもそうであろうか。同人誌活動型ルー ミック愛好者の何人かに聞いたところ、「読んでもらうこと」が主な目的である という。しかし、筆者の見た範囲では、むしろ「買ってもらうこと」が主な目的 であるように見える。なぜならば、売れた直後の販売者の態度は「読んでもらえ る」という喜びよりも「買ってもらえた」という喜びのほうが的確であるからで ある。果して、一般客が同人誌を立ち読みし始めた時に、「読んでくれている」 と「買ってくれないかな」とではどちらを強く感じるのであろうか。是非とも、 同人誌活動型ルーミック愛好者諸氏には考えてもらいたい。

反論の例として「新刊(次回の同人誌)発行の為に必要」というのがある。し かし、無償頒布しアルバイトで金を稼ぎ新刊を制作することと、有償頒布しその 金で新刊を制作することとはどこが違うのであろうか。言うまでもなくアルバイ トは営利目的である。これは、「印刷費の回収の為に必要」という理由でも同様 である。

別の反論の例として「買ってもらえなければ読んでもらえない」というのがあ る。しかし、これは有償頒布の理由にはなっていない。無償頒布であってもいい 筈である。これには更に「無料だと手にとってすらもらえないので仕方なく有料 にしている」という反論があった。だが、これは詭弁であろう。なぜなら、無料 であると前面に出さなければ有料の場合と違わないからである。

同人誌活動論3:あとがき

同人誌販売論1及び同人誌制作論1を合体させたもの同人誌論2であった。そ れは、平成2年11月10日に公開された。同人誌論2は、書き手、作り手、売 り手、買い手、及び読み手の5種類の立場から同人誌活動の目的を解析したもの であった。しかしながら、同人誌活動型ルーミック愛好者はこれら5種類を兼業 している者が多く、活動から愛好者を眺めるよりもむしろ愛好者から活動を眺め るほうが適当である。そこで同人誌活動論3が平成4年6月28日に公開された。

かつて、筆者は《コミックマーケット》にて長いこと留美子ブロック長を務め ていた経験があり、必要ならばいくつかの質問に答えることができるだろう。

同人誌活動論2の最後の修正は平成5年1月10日に行われた。

収集活動論

省略。

著作権論3:まえがき

言うまでもなく高橋留美子作品は著作権法でいう著作物にあたるので、高橋留美子作品は著作権法による保護を受ける対象である。この著作権論では、著作権法をルーミック愛好者の愛好活動に対して適用したものである。主としてパロディ及びダビング問題について論じている。

いわゆるパロディは、ルーミック愛好者が高橋留美子作品を愛好する上で有用な愛好活動の一つである。しかしながら、パロディが必ずしも著作権の侵害にあたらないと断言することはできない。

いわゆるダビングは、ルーミック愛好者が高橋留美子作品を愛好する上で有用な手段の一つで、高橋留美子作品の映像及び音楽を電磁気的に複写することである。素人考えでもこれが著作権法に違反していると思えるのだがどうであろう。

著作権論3:著作権侵害

パロディやダビングについて法的に問題となるのは、著作権の侵害である。これについて著作権法(平成元年版)第113条第1項は「著作者人格権、著作権、出版権又は著作隣接権を侵害する行為によって作成された物を情を知つて頒布する行為」は当該著作権等を侵害するとしている。第113条第1項にいわゆる「侵害する行為」とは、著作権者の専有する複製権(第21条)、貸与権(第26条の2)、翻案権(第27条)その他の権利、又は出版権者の専有する出版権(第80条)その他の権利を法令の定めなくして第三者が行使することをいう。また、著作権法にいう「複製」とは「印刷、写真、複写、録音、録画、その他の方法により有形的に再製すること」をいう。さらに、著作権法にいう「頒布」とは「有償であるか又は無償であるかを問わず、複製物を公衆に譲渡し、又は貸与すること」をいう。なお、著作権法にいわゆる「公衆」は、特定かつ多数の者を含むものとされる。

そして、第119条では、「著作者人格権、著作権、出版権又は著作隣接権を侵害した者」〔但し、第30条に定められる私的利用の目的をもつて自ら著作物の複製を行った者を除く〕を「三年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する」と定めている。

著作権論3:無断複製等

著作権者の許諾を得ずして著作物を複製すること又は変形若しくは翻案することについて著作権法は下記のAからDの場合を規定している。よって、下記のAからDにあたらない複製又は変形若しくは翻案、は著作権の侵害にあたる。なお、第86条の規定によって、第30条は出版物について準用される。

A:第30条では「著作権の目的になっている著作物は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用する場合には、公衆の使用に供することを目的として設置されている自動複製機器を用いて複製するときを除き、その使用する者が複製することができる」と定められている。この場合には、第43条によって、著作物を変形又は翻案することもできる。但し、第49条第1項では、第30条に定める目的以外の目的のために、第30条の適用を受けて作成された著作物の複製物を頒布し、又は当該複製物によって当該著作物を公衆に提示した者、を第21条の複製を行ったものとみなしている。さらに、第49条第2項では、第30条に定める目的以外の目的のために、第43条の規定の適用を受けて第30条に従い作成された二次的著作物の複製物を頒布し、又は当該二次的著作物を公衆に提示した者、を第27条の変形又は翻案を行ったものとみなしている。なお、「二次的著作物」とは「著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映面化し、その他翻案することにより創作された著作物」をいう。

B:第32条第1項では「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲で行われるものでなければいけない」と定められいる。なお、第48条によって、著作物の複製の場合又は著作物を複製以外の方法によって利用しかつ出所を明示する慣行がある場合には著作物の出所を明示しなければならない。

C:第38条第4項では「公表された著作物は営利を目的とせず、かつ、その複製物の貸与を受ける者から料金を受けない場合には、その複製物の貸与により公衆に提供することができる」と定められている。なお、「料金」とは「いずれの名義をもつてするかを問わず、著作物の提供又は提示につき受ける対価」をいう〔但し、「営利を目的とせず」とあるので、実費も対価とみなされると推定される〕。なお、第38条では、著作物を複製することについて規定されていない。たしかに、第38条第4項を文字解釈及び文理解釈すれば、条件付きで複製物の貸与は認められるが、著作物の複製は認められていない。しかし、それでは貸与するための複製物を作成することができなくなってしまい、第38条第4項の規定が無意味なものとなってしまう。したがって、第38条の規定には、著作物の複製についても認めていると反対解釈すべきである。なお、著作権法では、変形又は翻案による利用に関して、第38条第4項の規定の準用を認めていない(第43条他)。よって、著作物を変形又は翻案したものについては第38条第4項は適用されない。

D:図書館における複製(第31条)、教科用図書への掲載(第33条)、学校その他の教育機関における複製(第35条)、試験問題としての複製(第36条)、時事の事件の報道のための利用(第41条)、第33条又は第35条における翻訳、編曲、変形又は翻案による利用(第43条)その他の利用、については、高橋留美子作品のパロディやダビングには本質的に関わらないので割愛する。

著作権論3:パロディ

実際問題として、パロディは同人誌(サークルの会誌類を含む)に於けるものがほぼ全てであるので、特に同人誌に於けるパロディ作品について論じることにするが、論理展開は必ずしも同人誌か限定されるものではない。ところで、いわゆるパロディ同人誌は「原作品を変形又は翻案することによって創作したもの」にあたるかそれとも否か?。読者諸氏には肯定派又は否定派のいずれかの立場を選んでから読み始めて頂きたい。パロディ同人誌のサンプルとして、近年発行され主として同人誌即売会で頒布された高橋留美子作品関連同人誌約500冊を用いた。

これらの同人誌の代金は数百円程度である。たまに、無料のものもある。わざわざいうまでもなく、これらの同人誌は公衆に頒布されているので、Aにはあたらない。また、同人誌の性質上Dにあたることもない。

サンプルのうち、著作物を複写又は変形若しくは翻案したもの、を含まないものについては、著作権〔のうち、複製権及び翻案権等〕の侵害にはあたらない。

サンプルのうち、著作物の複製物を部分或は全体とするものについて考える。複製は、AからDにあたらない限り、第49条第1項の規定によって、著作権〔のうち複製権(第21条)〕の侵害となる。まず、引用として著作物の複製を用いた同人誌のほぼ全てのものは、筆者の見た限りにおいて正当な範囲内である。よって、それらはBにあたると思われる。次に、料金を受けてないものはCにあたると推定される。最後に、いわゆる海賊本や私製設定資料集を考える。これらは、引用の範囲が正当ではないのでBにあたらず、料金を受けているのでCにもあたらない。よって、いわゆる海賊本や私製設定資料集は、第49条第1項の規定によって、著作権の侵害にあたる。

サンプルのうち、著作物を変形又は翻案したものを部分或は全体とするものについて考える。変形又は翻案は、AからDにあたらない限り、第49条第2項の規定によって、著作権〔のうち翻案権等(第27条)〕の侵害となる。著作権法では、変形又は翻案による利用に関して、第38条第4項の規定の準用を認めていない(第43条他)ので、変形又は翻案はCにあたらない。著作物を変形又は翻案したものを引用の目的で使用した同人誌〔例えば、論説中で作品解説の目的で自作のイラストを挿入したもの〕のほぼ全てのものに関しては、筆者の見た限りにおいて正当な範囲内である。よって、これらはBにあたると思われる。したがって、引用以外の目的での変形又は翻案は、第49条第2項の規定によって、著作権〔のうち翻案権等(第27条)〕の侵害となる。

著作権論3:同人誌などのパロディ作品

それでは、サンプルのほぼ全てに含まれるパロディ作品(高橋留美子作品の登場人物設定その他の設定を用いた自作の、イラスト、マンガ、又は小説等)は、変形又は翻案にあたるのか否か?。

変形とは形式的変化をいうので、原作品の登場人物を描画しているものは、変形にあたると推定すべきである。同様に、翻案とは、原作品を基にしての改作をいうので、脚色等も当然含まれる。たしかに、パロディは変形又は翻案にあたるのである。しかし、これではごく部分的なパロディ作品をまで禁止するものとなり社会通念上あまりにも厳しすぎるので、著作権者がこれに差止請求をすることは民法第1条第3項にいう権利の乱用にあたる。したがって、パロディ作品の一部分が、原作品を変形又は翻案したものであるからと言って、そのパロディ作品は必ずしも、原作品を変形又は翻案したものにはあたらず、全体として評価しなければならない。具体的にイラストでは、キャラクター、設定、服装、風景、構図、メッセージ等の全体をみて評価しなければならない。マンガや小説では、さらにシナリオも交えて評価しなければならない。

全体を評価するということは、結局は程度問題になる。よって、そのパロディ作品全体が、原作品を変形又は翻案したものであるかどうかは、社会通念に照らして客観的に判断されるべきである。ところで、同人誌活動を行っている者のほとんどが、パロディの許容範囲を大きく見ている。しかし、いわゆる同人誌即売会の常識が一般社会に通用するとは限らないのと同様に、この立場が一般社会又は著作権者に認められるとは限らない。

実際には非公式ながらも、高橋留美子作品の著作権者は事前に送られてきたものについてはキャラが酷い扱いを受けていない限り黙認するとの意向である。それに、同人誌などに於けるパロディ作品等は著作権者の利益を侵害するにはあまりにも下手なので、著作権侵害問題はあまり大きな問題とはなっていない(但し、特殊事象があるにせよフィギュアモデルは問題となっている)。むしろ、「作品に対する冒涜だ」とする非同人誌活動型のルーミック愛好者との価値観の相違の方が大きな問題かも知れない。

著作権論3:エロパロ作品

パロディ同人誌の一種としていわゆるエロパロ同人誌がある。日本に於いては、刑法175条が「猥褻ノ文書、図画其他ノ物ヲ頒布若クハ販売シ又ハ公然之ヲ陳列シタル者ハ二年以下ノ懲役又ハ五千円(現在は100万円)以下ノ罰金若クハ科料ニ処ス販売ノ目的ヲ以テ之ヲ所持シタル者亦同シ」と定めているので(頒布の定義は著作権法と異なっている)、エロパロ同人誌が猥褻物にあたるならば、エロパロ同人誌の頒布者及び販売者は社会制裁を受けることになる。判例を基に考察すると、猥褻であるとされる為には、「性器または性的行為の露骨かつ詳細な具体的描写叙述」と「描画叙述が情緒、感覚あるいは官能に訴える方法でなされている」という2つの外的事実の存在が最小限度必要であるほか、文書自体の支配的効果が好色的興味に訴えるものと評価され、その時代の社会通念上、普通人の性欲を著しく刺激興奮させ、性的羞恥心を害するものであることを要する。

著作権論3:ダビング

著作権法30条によって、私的使用を目的とする複製は認められている。ここでは、その著作物を自分で保有したまま複製物を他人に譲渡する場合について論じてみよう。問題の性質上、A、B、C、及びDにはあたらない。よって、この場合は著作権法に違反する。著作権法に違反していると理解していても、多くのルーミック愛好者は「まず自分が訴えられることはないだろう」と考え(実際にもまず訴えられないのであるが…)、「著作権者を保護することによってその文芸活動を保証する」という正義よりも「自分達が楽しめればいい」という正義を優先させている。確かに、高橋留美子女史には十分な収入があり、経済的に同情する余地は無いだろう。しかし、ダビング問題で直接に被害を受けるアニメ製作者達は、ダビングによっていくらかの経済的被害を受けているようである。

ここで、ルーミック愛好者は映像ソフト音楽ソフトなどのダビング(私的利用を除く)を肯定すべきかどうか、を論じてみよう。ここで、ダビングによって質の劣化は気にならない程度であると仮定する。これは、質を気にするルーミック愛好者はダビングすることなくオリジナルを購入するからである。

ソフトを視聴しようとするルーミック愛好者にとっては、ソフトを購入する、ダビングしてもらう、及び諦めるの3つの選択肢が有り得るだろう。ソフトを購入するメリットは、作品を視聴できること、違法意識を感じないこと、オリジナルを持っていると誇れること、及びソフトに付属する特典を得られることであり、そのデメリットは、金銭的負担が大きいことである。ダビングしてもらうことのメリットは、作品を視聴できること及び金銭的負担が少ないことであり、そのデメリットは違法意識を感じることである。そして諦めることのメリットは、金銭的負担が無いことであり、そのデメリットは作品を視聴できないことである。

ところで、ダビングがルーミック愛好者全体に与える影響を考えてみると、ダビングのメリットは貧乏人に対して高橋留美子作品の門戸を広くすることによってルーミック愛好者の層を拡大させることであり、そのデメリットはアニメ製作者に経済的被害を与えることによって将来の高橋留美子作品に悪影響を与えルーミック愛好者の層を縮小させることである。実際には、アニメ製作者の窮状はこのダビング問題によってのみ引き起こされたものではないが、全く影響を与えていないとまでは誰も言い切れないだろう。

著作権論3:あとがき

この著作権論3は、平成3年6月10日に発行された『パロディ同人誌の法的問題』その他をルーミック愛好者論に流用したもので、平成5年1月12日に公開された。

著作権論3の最後の修正は平成5年1月10日に行われた。

用語集

省略。

謝辞

ルーミック愛好者論の著者として、以下の友人たち(敬称略)に感謝します。近藤裕雄、西垣雅巳、飛田克幸、河内敏明、毛利康秀、佐々木茂樹、磯野圭作、その他大勢の仲間及び友人の皆様、そしてこれを読んでくれた全ての人に…。

主な参考資料

省略。

あとがき

筆者はルーミック愛好者論の複製権及び貸与権の専有を放棄する。よって、例え営利目的であろうとも、誰でも筆者に断わることなくルーミック愛好者論を複写、転載、貸与、又は頒布することが可能であり、筆者はこれらを歓迎する。筆者は、ルーミック愛好者論の目的が達成されることを望んでいる。

事務連絡

省略。

Satoshi ARAI ( arai@rumic.gr.jp )