空き地の子供

最近、ヒマなときにあちこちの『犬夜叉』ファンサイトの交流用コンテンツ(チャットなど)を閲覧している。年少の『犬夜叉』ファンたちがネット上の局所社会でどのように振る舞っているのか、実に興味深いからだ。比較的、多く閲覧しているのが『犬夜叉考察』だ。

私は交流用コンテンツを公道に例えることが多いが、『犬夜叉考察』のそれは「空き地」に例えられている。その空き地は年齢の異なる集団の相互作用による社会常識の習得を目的としているとのこと。しかるに様子を伺っていると、それほど年齢が異なっているというわけではないようだ。もっとも、当人たちにしてみれば学年が一つ違うだけでも大違いなのだろうが。

どんな相互作用が発生しているのか、どのように彼らが成長していくのか、いろいろな意味で興味深く見守ってゆきたい。

こんなことしているヒマがあるのは今月いっぱいまでなのだが…

道徳の発達段階

賞罰志向レベル
「〜すると得(損)だから」。
欲求充足志向レベル
「〜したいから」。
他者承認志向レベル
「〜しないと叱られるから」。
権威規範志向
「〜するのが義務だから」。
契約志向レベル
「〜するのが合法的だから」。
良心充足志向レベル
「〜しないと良心の呵責を感じるから」。

賞罰志向レベルの幼児にいきなり良心充足志向レベルを求めるのは非常に困難だ。道徳教育にあたっては、上記の発達段階に応じた教育が有効だと思う。会話の中から相手がどの段階にあるのかを見出し、それに応じて適切に導くことが重要だ。

Satoshi ARAI ( arai@rumic.gr.jp )
びわ、