運営モデルの提案

私と毛利さんとは十数年来の友人です。この文書は、他のファンサイトに対して強要するものではなく、あくまでどう思うか問われたから意見を述べたものにすぎません。(2001年11月30日)。

まえがき

[犬夜叉考察]という有名なファンサイトがあります。その名称と異なり、数多くの掲示板及びチャットなどの交流用コンテンツ群をメインとするサイトです。ヤフーに登録されているので、新たに『犬夜叉』ファンになった人たちによる閲覧が多く、実際にヤフー経由でのアクセスが多数を占めてます。交流用コンテンツは活発な投稿がみられ、メインチャットはいつも賑わっています。その賑わいゆえのマナーやモラルの低下が問題になっており、有志による「管理委員会」がそれらの対処を担っています。

ところで、運営者である毛利さんによれば「個人的都合により来年度以降のサイト存続が非常に難しくなるが、現在の利用状況を踏まえるとこのまま単純に閉鎖というわけにもいかない」とのこと。

そこで、この文書ではファンサイトの新たな形式の運営モデルの提示を主旨とし、現在の『犬夜叉考察』サイトが担っている役割をどのように移行したらいいかを具体的に提案します。なお、「運営」は「管理」や「教育」を含む概念として使用しています。

第1章 運営モデルの構想

提案する運営モデルのポイントは以下の3点です。

1−1 グループによる管理

対象となる交流用コンテンツの管理は、そのコンテンツがあるサイトの運営人だけでなく管理グループのメンバが共同で行います。これは、サイト運営者が常に自分のサイトのコンテンツを監視できるわけではないという現実に基づくものです。管理メンバはネットアクセスのついでに各コンテンツを巡察し、問題があれば速やかに対処します。この実現の為には、記事削除やアクセス制限の為の管理パスワード(あるいはコマンド)のグループ共有が必要となります。

新たに管理システムを創設するのは大変ですので、このグループは現在の管理委員会を流用します。また、メンバ間の連絡用に専用の運営掲示板かメイリングリストを設置します。状況に応じて、インスタントメッセンジャーの類も利用します。

1−2 コンテンツの分担

アクセス制限リストなどを考慮したとしても、交流用コンテンツは必ずしも一つのサーバに集める必要はありません。むしろ、容量や負荷や耐性を考えれば複数のサーバに分散した方が良いのは自明のことです。そして、サーバ使用料金もまた必ずしも一人で負担すべきものとは限りません。さらに言うならば、交流用コンテンツ群を一つのサイトで担う必要もないのです!

そこで、複数のサイトでコンテンツを分担することを提案します。

例えば、あるサイトに「犬夜叉考察Bチャット」を、別のサイトに「犬夜叉考察なりきりチャット」を、更に別のサイトに「犬夜叉考察お絵かき掲示板」を設置するのです。ブランド名を冠したフランチャイズコンテンツとでも言えば分かりやすいかな?(笑)

なお、スクリプトやスタイルなども互換性があった方がいいでしょう。フランチャイズらしく共通ロゴを用いるのも面白いかも知れません。

1−3 コンテンツ群へのポータル

複数のサイトに交流用コンテンツが散らばっていても、それらを統括するガイドページが存在すれば(利用者にとって)ほとんど問題はないです。ガイドページは複数のサイトに存在していても構いません。各チャットの入り口ページにも他チャットや運営掲示板へのリンクを設置しておくとよいでしょう。

もちろん、現在の『犬夜叉考察』トップページのURIにガイドページとしての機能を併せ持たせます。ヤフーに登録されている現URIは数多くの閲覧者(しかも新しく『犬夜叉』ファンになった人の比率が多い)を集団運営体制を伴った活発な交流コンテンツ群に誘致することを可能とします。これは新たにファンサイト界にやってくる人たちのネット意識の向上に有効であり、ひいてはファンサイト全体におけるネット意識の向上に繋がるものです。

第2章 教育&管理

この章では、数多のファンサイトに共通する一般論ではなく、『犬夜叉考察』における教育&管理について述べます。そのポイントは以下の3点です。

なお、現存の管理委員会は(『犬夜叉考察』内にも記してあるように)交流用コンテンツのマナー指導と秩序維持を役割として設立されたものです。つまり、管理委員会は教育委員会としての性質も併せ持たされています。

もちろん、教育は空き地の利用法の一つにすぎません。

2−1 教育

私は交流用コンテンツを一般に「公道」に例えることが多いですが、毛利さんは『犬夜叉考察』のそれを「空き地」に例えています。空き地は、子供達の遊び場であると同時に子供達が社会性を身につける場所として位置付けられており、「年齢の異なる集団の相互作用」による「社会常識(ネチケット)の習得」を目的としています。

さて、ファン論においては論敵関係(笑)であるはずの私と毛利さんですが、趣味の為に生活を犠牲にすべきではないという基本原則においては立場が一致しています。『犬夜叉考察』においてもこの原則は一貫されており、具体的には「ホームページにやってくるのは、今日の宿題を終わらせてから!」などが「掲示板やチャットでは、マナーを守ってみんな仲良く!」と同レベルで提示されています。

この原則もまた、空き地の社会常識に含めるべきものです。空き地に遊びに来るのはやるべきことをやってからでなくてはなりません。場合によっては、子供達がチャットにはまりこむのを防がねばならないのです!(笑)

教育のありかたについても『犬夜叉考察』では明確にされています。例えば、乱暴な言葉遣いについて教育する場合には「管理人がダメと言うからダメ」や「ルールで禁止されているからダメ」ではなく「それで傷つく人がいるからダメ」というように理由を明確にすることが求められています。

2−2 管理

「社会常識の習得」が目的であるならば「相互作用の場を提供すること」は手段にあたります。子供達に対する指導などは前者に基づく活動(教育)であり、アラシ対策やCGI環境整備などは後者に基づく活動(管理)です。

子供達がエッチな話やタバコの話をしたりプライバシー情報の露出を行ったりしたときのことを考えてみましょう。なぜそれらがダメなのかを分かるように諭すことは教育行為にあたり、管理権やルールに基づいてダメだと言ったりアクセス制限を掛けたりことは管理行為にあたります。『犬夜叉考察』では前者(教育)が望ましいとされてますが、しばしば後者が採られることもあるようです。

なんか、どこぞの学校みたいです。校長先生も現場の教師たち(しかもボランティア!)に向かって理想論を言えないし、良い子ぶった生徒は問題の解決の為に教育強化ではなく管理強化を学校側に提案するし(苦笑))

あとがき

昔から毛利さんには「考察専門のサイトにしたかったとか他のサイトに移っていって欲しいとか言うなら、ヤフー登録したり交流用コンテンツを拡充したりしてたくさんの参加者を囲い込むような戦略は適切ではない」と何度も言ってきた。

目的と手段との乖離は多くの場合に悲劇となる。

Satoshi ARAI ( arai@rumic.gr.jp )