ルーミックは時代を超えて 20010508

さて、「なぜルーミックの作品はどの時代にもあてはまるきがするんでしょうか?」について、私の考えを述べましょう。

マンガ・アニメというメディアは(PCやゲームなどと違って)それほど変化するものではありません。十年前の少年が読むルーミック作品と十年後の少年が読むルーミック作品とはまったく同じものです。

また、たかだか20年程度では日本人の価値観が大きく変化することもありません。恋愛感情や家族愛といったもの、あるいは生命に対する畏敬の念などの価値観、そして家庭や学校のシステムなどは、基本的に現代日本に普遍のものだと思います。

そして、ルーミック作品の面白さの多くは、時事ネタに関連せず、現代社会に普遍な事柄に関連しています。戦国時代を主な舞台とする『犬夜叉』も、現代日本に普遍な「歴史観」や「民俗知識」などに関連しています。

このような構造ゆえ、ルーミック作品は時代を超えて受け入れられるのでしょう。いつも言うように、ルーミック作品はクラシック音楽の如し。時代を経てなお新しいファンを生みつづけるのです。

とはいえ、全てのルーミック作品が時代を超えた普遍性を持つわけでもありません。例えば、携帯電話が当たり前のように普及した時代に『めぞん』の面白さは半減しているかも知れません。もっとも、半減してなお『めぞん』は面白いと評価されているのかも知れませんが…。

余談

だからこそ、携帯電話の宣伝ポスターに『めぞん』が使われたのでしょう。互いに駅の反対側改札で相手を待つ五代くんと響子さんを覚えてますか?。

Satoshi ARAI ( arai@rumic.gr.jp )