交流の場における脱線許容範囲

元から知り合いだった場合や稀少な偶然の場合を除き、(インターネット上に限らず)ファン同士の交流というものは「そこにいる人達によってテーマが定められていく基礎的交流」ではなく「あるテーマに集まる人達によるそのテーマに関する機能的交流」からスタートする。ファン同士の交流は最初にテーマありきなのだ。そして、いくつかの条件(例えば、交流の規模が互いにメンバーを把握できる程度に小さいなど)が満たされれば、その交流は機能的交流から基礎的交流へと転化していく。この転化自体は基本的に、「単一の話題で交流する仲間関係」から「様々な話題で交流する友人関係」へと発展したとみなすべきであり、『ルーミック愛好者論(私のWWWページに掲載)』の著者として喜ばしいことだと思っている。

もちろん、あるテーマを扱う不特定多数のファンの交流の場でのテーマ外の交流を肯定するか否かは別問題だ。テーマ外の交流に参加している人達は確かに楽しいだろうが、その場にいるその他の人達は必ずしも楽しいわけではない。特に、テーマに関する交流を求めてやってきたファンはテーマに関する話題の比率が少なくなっていることに失望するだろう。余談だが、これは自分が欲しているテーマが場が提示されているテーマの部分集合でしかない場合にもいくらかあてはまる話だ。もっとも、この場合は失望している側に問題があるのだが…。ルーミック全般を扱う場にやってきた『うる星』ファンが、『らんま』の話ばかりなされていることに失望するのは、お門違いだというものだ。

話を戻そう。場に掲示されている筈のテーマが少ないことに失望したファンは、他の選択肢があればその場を去っていくかも知れないし、他に選択肢が無ければやむを得ずその場に居続けるかも知れない。不特定多数が居る場においてこの失望を発生させないようにするには、その場における交流内容が、掲示されているテーマを大きく逸脱することが比較的に少なければよい。テーマ外の交流はテーマが決められている場所の外でやるべきなのである。なお、例外的な問題解決方法としてテーマの方を拡大変更するという方法もあるが、不特定多数の参加者がいる場合にはこの解決方法は別の問題を発生させる。

Satoshi ARAI ( arai@rumic.gr.jp )