記憶力テスト 19980325

「私の名はメガネ。かつては友引高校に通う平凡な一高校生であり、退屈な日常と戦い続ける下駄履きの生活者であった。だが、あの夜、ハリアーのコックピットから目撃した衝撃の光景が私の運命を大きく変えてしまった。ハリアーであたるの家に強行着陸したその翌日から、世界はまるで開き直ったかのごとくその装いを変えてしまったのだ。いつもと同じ町、いつもと同じ角店、いつもと同じ公園。だが、なにかが違う。路上からは行き来する車の影が消え、建売住宅の庭先にピアノの音もとだえ、牛丼屋のカウンターであわただしく食事を取る人の姿もない。この町に、いやこの世界に我々だけを残し、あの懐かしい人々は突然姿を消してしまったのだ。数日を経ずして荒廃という名のときが駆け抜けていった。かくも静かな、かくもあっけない終末をいったい誰が予想したであろう。人類が過去数千年にわたり営々として築いた文明とともに、西暦は終わった。しかし、残された我々にとって終末は新たなるはじまりにすぎない。世界が終わりを告げたその日から、我々の生き延びるための戦いの日々が始まったのである。奇妙なことに、あたるの家近くのコンビニエンスストアは、押し寄せる荒廃をものともせず、その勇姿をとどめ、食料品、日用雑貨等の豊富なストックを誇っていた。そして更に奇妙なことに、あたるの家には電気も瓦斯も水道も依然として供給され続け、驚くべきことに新聞すら配達されてくるのである。当然我々は、人類の存続という大義名分のもとにあたるの家をその生活の拠点と定めた。しかし何故かサクラ先生は早々と牛丼屋はらたまをオープン、自活を宣言。続いて竜之介親子、学校跡に浜茶屋をオープン。そして面堂は、日がな一日戦車を乗り回し、おそらく欲求不満の解消であろう、ときおり発砲を繰り返している。何が不満なのか知らんが実に可愛くない。あの運命の夜からどれ程の歳月が流れたのか。しかし、今我々の築きつつあるこの世界に時計もカレンダーも無用だ。我々は、衣食住の保証されたサバイバルを生き抜き、かつて今までいかなる先達たちも実現し得なかった地上の楽園を、あの永遠のシャングリラを実現するだろう。ああ、選ばれし者の恍惚と不安、共に我にあり。人類の未来がひとえに我々の双肩にかかっていることを認識するとともに眩暈にも似た感動を禁じ得ない。

メガネ著 友引前史第1巻 終末を越えて 序説第3章より抜粋」。

Satoshi ARAI ( arai@rumic.gr.jp )