大切にしたい関係

1980年代、私設サークル(当時はほぼ全てが同人誌活動サークル)などに所属しているという比較的少数のファンを除けば、ファンが他のファンに巡り合える機会はイベントぐらいしかなかった。結果的にイベントは見知らぬファンと出会い交流できる場としての機能も果たしていた。イベントでは同好の士が巡り合い誰もがルーミックを熱く語っていた。互いの連絡先を交換し再会を約束していた。近郊ならば町に集い、遠方なら手紙をやり取りし、イベントがあればそこに集う。当時は自分の意見を発表できる場も少なかった為に、イベントで直接に会って語り合うことは重要なことであった。いや、そうするしかなかった。私もそこで多くのファンと出会った。

時は流れて、完結編公開と武道館イベント。多くのファンがこのときにルーミックを封印し引退していった。ルーミック作品だけを共通項とする仲間関係は断線していったが、作品以外の共通項をも持つ友人関係は維持された。例えルーミックに興味を失っていても交流は続き、何らかの機会にふとルーミックがこぼれて悦に入ることができる。

人間として互いに尊敬できることは、ルーミック以外の共通項の中で最も頑丈な共通項だ。私の経験則&持論では、この相互信頼は互いに自己のアイデンテティを示すような共有体験によって発生し得る。馴れ合いな体験や与えられた体験では得られない。仮面をかぶった関係でも得られないし、誰とでもうまくいくわけでもない。リスクを超えて得た信頼関係、それを私は友人関係と呼んでいる。

我々ルーミックファンというものは社会的に見れば、ただのマンガオタクに過ぎないのかも知れない。実際に我々の愛好活動は、社会に対してほとんど貢献を果たさないものであろう。しかしながら、それを通じて得る人と人との縁は社会的にも十分な価値がある。普通に生活して普通に働いていて、このような出会いは得られるものだろうか?。人との出会いは必ずや人を成長させるものだと確信している。初めは趣味だけを通じた仲間関係でしかなくとも、いつの日か何でも話せる友人関係となる日が来るのだ。

年齢も社会的地位も異なる我々の出会いルーミックを通じての人と人とのつながり。私はそれを大切にしたい。

Satoshi ARAI ( arai@rumic.gr.jp )