第3回うる星やつらファン大会

概略

通称
「ステファニーツアー」
内容
ベストテンメドレー、ラムちゃんコンテスト、「了子の9月のお茶会」上映、うる星やつらTV版同日上映、「メイキングオブパート4(未完成版)」上映。
ゲスト
平野文、松谷祐子、南翔子、成清加奈子、ステファニー、松下丸子、瀬戸口さゆり、他。
公演
  • 1985年09月24日(火)#1回:福岡:郵便貯金ホール
  • 1985年09月25日(水)#1回:広島:郵便貯金ホール
  • 1985年09月26日(木)#1回:神戸:国際会館
  • 1985年09月28日(土)#1回:京都:勤労会館
  • 1985年09月29日(日)#2回:大阪:万博ホール
  • 1985年10月01日(火)#1回:横浜:県立青少年センター
  • 1985年10月05日(土)#1回:仙台:市民会館
  • 1985年10月07日(月)#1回:札幌:道新ホール
  • 1985年10月09日(水)#2回:東京:日本青年館
  • 1985年10月10日(木)#2回:東京:日本青年館
  • 1985年10月19日(土)#2回:名古屋:厚生年金会館

レポート

朝六時頃に日本青年館に到着すると、徹夜組が三十人ほどいた。私は、大ホール階段の最上段にいたグループに加えてもらった。そのグループは、全国巡りをする人たちが集まったもので、行列整理なども自主的に行っており、《ツアースタッフ》と呼ばれている。

公演は南翔子さんの「殿方ごめん遊ばせ」で幕を開けた。次いで「トライアングルラブレター」及び「ドリームフォーエバー」の発表&表彰と続いた。そのまま松下丸子さんと瀬戸口さゆりさんは司会進行役となる。続いて、ラムさんコンテストが行われた。それほど盛り上がりはしなかったが、何にせよファンが参加できることは望ましい。賞品はCDプレイヤーであった。さらに、イベントの為のオリジナルビデオの第一号とも言える「了子の9月のお茶会」が上映された。「黒子A、行きます!」のセリフが妙に頭から離れない。どの公演かまでは覚えていないが、上映開始数分後に会場のブザーが鳴り響き少し興ざめした。

上映後、十分間の休憩となる。日本青年館の物販ロビーは大混雑であった。なお、初めてペンライトが販売された。

うる星ソングベストテン発表をメインにプログラムは進行する。ゲストのみなさんはいつもながらカラフルな衣装であった。第十位の「星空サイクリング」を松谷祐子さんが歌う。第一回公演では昼間から「こんばんわ!」と間違えてくれた。同点十位の「パジャマじゃまだ」を成清加奈子さんが歌うと、下手側から《成清親衛隊》が笛を吹き鳴らして応援する。

第九位の「ボーントゥビーフリー」をステファニーさんが歌う。上手側から《ツアースタッフ》がコールを掛ける。「みなさんも英語、勉強して下さいね」には満場が苦笑した。そして、ビデオ「ハイダウェイ」が上映される。残念なことに、第二回公演ではここでステファニーさんがお帰りになった。

平野さんが、第八位の「ロックザプラネット」、第七位の「チャンスオンラブ」、番外の「恋にダンスダンスダンス」の三曲を歌う。平野文さんは名前入りの虎縞エレキを担いでいる。「昇天してしまいそうです」の迷セリフがここで紹介される。二階席最前列からは《平野文FC》が幕を垂らして応援していた。

第五位の「グッドラック」を南さんが歌った(第六位の「ダンシングスター」はパスされた)。第四位の「宇宙は大ヘンだ」では会場が一体となって盛り上がる。そして、難問奇問連続のうる星クイズとなる。「『旅の雪だるま情話』のシナリオには五才の少女と八十才の老婆が登場する」など。クイズの後には、映画の製作状況が実写で速報された。平野さんが「どの方が一番最初に映し出されるかを想像しながら見てて下さい」と言うので、画面を食い入るように見ていたら、いきなり落合茂一プロデューサーのドアップが…。

ビデオの後には第三位の「殿方ごめん遊ばせ」を南さんが熱唱する。第二位は「愛はブーメラン」であった。松谷さんも熱唱する。会場の拍手はどんどん大きくなってきている。グランプリは「ラムのラブソング」。会場が一体となって沸き上がる。

アンコールの声が吹き荒れると、「ドリームフォーエバー」で応えてくれた。ファンが総立ちとなり、ステージまで詰め寄るほど盛り上がり、ついには再アンコールまで行われ、平野さんをして「アンコールのアンコールなんて感激だっちゃ」とまで言わしめた。「ラムのラブソング」の大合唱で公演は締めくくられた。平野さんたちの目に光るものが流れていた。

知り合った仲間たちとの再会の約束を胸に抱いて、私は日本青年館を後にした。

Satoshi ARAI ( arai@rumic.gr.jp )